『アリ地獄天国』日本の『家族を想うとき』から観る深淵なる地獄

アリ地獄天国(2019)

監督:土屋トカチ

評価:75点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

昨年、山形国際ドキュメンタリー映画祭で日程の関係上見逃してしまった『アリ地獄天国』。アリさんマークの引越社を巡る騒動を巡ったこのドキュメンタリーは、かなりの問題作故になかなか東京上映が決まらない作品である。現在、横浜シネマリンで上映されているのですが、丁度ドイツのNippon Connection(オンライン開催)で有料配信されていたのでそちらで観てみました。

『アリ地獄天国』概要


とある引越会社。社員らは自らが置かれた状況を「アリ地獄」と自虐的に呼ぶ。それは、長時間労働を強いられ、事故や破損を起こせば借金漬けに陥る状況を指す。営業職の34才の男性は異議を唱え、一人でも入れる個人加盟型労働組合に加入した。すると、粉塵の舞うシュレッダー係へ配転され、給与は半減。のちに懲戒解雇に追い込まれた。事由を記した「罪状ペーパー」なる掲示物も全国支店に貼りだされた。

間もなく解雇は撤回されたが、復職先は再びシュレッダー係。それが2年間も続く。さらに、法律違反である労働組合への不当労働行為が発生。「差別人事」の実態も取材を通じて明らかとなった。

一方、大学時代からの親友の自死を止められなかった監督は、後悔の念に苛まれていた・・・。生き残るための、労働映画(ロードームービー)、誕生!
※『アリ地獄天国』公式サイトより引用

日本の『家族を想うとき』から観る深淵なる地獄

大学時代に話題となったアリさんマークの引越社の過労問題。youtubeにアップされていた社員の暴力的な抗議映像や、100時間を遥かに超える労働時間といった内容が就活中の自分の耳にも入ってきて戦慄した記憶がある。ブラック企業大賞2017で株式会社引越社・株式会社引越社関東・株式会社引越社関西(アリさんマークの引越社)が受賞したこともあり、社会人になってからは、万が一転職することとなっても物流とか引っ越し業者ややめておこうと心に誓った。

さて問題のこの抗争は34歳の男性がシュレッダー係に左遷され、1日中シュレッダーをさせられることとなったことから始まった。断片的しか知らなかった大学時代愚か者の私、当時、浜崎伝助や山岡士郎のような「仕事そこそこ、文化活動ガチ」な大人に憧れて私は「シュレッダー仕事して最低限の金もらえるなら良いのでは?仕事意外で人生光らせれば良いじゃん。」と思っていた。

その頃の自分をひっぱたきたい。なんたるマリー・アントワネットなんだと。

男は結婚生活を考え、システムエンジニアから高収入狙えるアリさんマークの引越社へ転職した。

「月給半年間35万円保障」

に惹かれて入ったが、そこには罠が無数に敷かれていた。

1.残業代70時間込み
2.部材や車を傷つけたら給料天引き
3.同僚との呑み、遊び禁止
4.密告すれば給料UP
etc

採用条件も、パンチドランカーや知り合いに経営者いる人、韓国・中国人は落とすようになっており、奴隷の素質がある奴のみが雇われ、結託しないように個人対個人の関係になるよう社内がシステム化されていたのだ。そして、半年が過ぎ完全成果主義となり、1日19時間労働、家には寝る為だけに帰る日々が続いた。現場の人間から営業に昇進し、そこにモチベーションを抱き、その代わり異常な職場環境には疑問を抱かず男は四六時中働き続けた。土屋トカチ監督は、セメント運送業者を描いた『フツーの仕事がしたい』でも労働者が思考停止する瞬間を捉えてきた。会社が世界となった時に、会社のルールが絶対的なものとなってしまい思考停止してしまう恐怖。食っていくために働くという要素が、段々と心の中にある疑問を消し去っていく問題を監督は捉え、声を挙げて社会の闇に光の刀を突き刺そうとしているのだ。

昨年末、『家族を想うとき』が公開され話題となったが、どうでしょうか?まだあの映画には人情が1mm程あった。上司は、高圧的でありながらも。とりあえずは「まあわかるよ」と主人公の心情に1歩だけ歩み寄っていた。しかし、土屋トカチ監督のカメラが捉える世界にはそれすらない。『フツーの仕事がしたい』もそうだったが、常時暴力で人を、家族を壊していくのです。争議を起こそうものなら、全社員に対して犯罪者として張り紙や社内報で公開処刑する。家族には、「辞めろ、辞めろ」と手紙を送る。公にも暴力を振るうし、団体交渉は罵声で粉砕しようとするのだ。

シュレッダーの仕事は楽だが、未来は見えないし、露骨な薄給、そして嫌がらせと思われるたった20円のボーナス、罵声に暴力の応酬。精神が壊れるし、到底文化活動に身を投じたりといった、自分の人生設定ができる状態ではありません。アリ地獄にハマり、働きアリとして壊れるまで酷使される地獄。妻ですら、夫を起こす係に成り下がり生活レベルがどん底に落ちてしまう。

薄々気づいていたが、日本は『家族を想うとき』よりも深い層にある地獄であった。

大学生には観てほしい。

なんなら、大学の授業教材にしてほしい作品でした。

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