【 #死ぬまでに観たい映画1001本 】『ガス燈』は何故全編異常なのか?

ガス燈(1944)
GASLIGHT

監督:ジョージ・キューカー
出演:シャルル・ボワイエ、イングリッド・バーグマン、ジョセフ・コットン、メイ・ウィッティetc

評価:85点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

『死ぬまでに観たい映画1001本』2011年版にはジョージ・キューカー作品が6本も掲載されている。皆さんはジョージ・キューカー作品ってパッと浮かぶでしょうか?彼は作品名を聞くと分かる監督の代表で、本書には『椿姫』、『フィラデルフィア物語』、『ガス燈』、『アダム氏とマダム』、『スタア誕生』、『マイ・フェア・レディ』が掲載されています。『マイ・フェア・レディ』で男が女を調教する映画をラブコメとして撮ったジョージ・キューカー監督ですが、『ガス燈』では全く違った世界を魅せてくれました。全編が異常な本作について語っていきます。

『ガス燈』あらすじ


1870年のロンドン。オールクィスト家に起こった歌手アリス・オ ールクィスト嬢の殺人事件は未だ犯人があがっていなかった。アリスの姪ポーラはグレゴリー・アントンと結婚したが、良人の言に従い問題の家で結婚生活を営むことになった。ある日ハンドバックに入れたはずの首飾りが紛失して以来、グレゴリーはポーラが自分のしたことを少しも記憶していないといってことごとに彼女を責めた。そのあげく、彼女も精神病で死んだ彼女の母と同じく次第に精神が衰えて死ぬだろうというのだった。ポーラは良人の言を気にしながら一人不安な日を送っていたが、次第に自分の精神状態に自信を失い、夜ごとにポッと薄暗くなるガス燈の光も、天井に聞こえる奇怪な物音も、自分の精神の衰えているための錯覚かと焦燥にかられた。ある夜久し振りで良人と出かけた知人宅で時計を隠したといって良人から辱しめられたとき、彼女は堪え難い悲しみに襲われたがその様子を注視している若い男があった。彼はブライアン・カメロンという探偵で、少年時代憧れていた名歌手アリスの殺人事件には非常な関心をもっていた。彼はある夜グレゴリーの外出中家人の制止もきかずポーラに会い、彼女の叔母の事件についていろいろとポーラに語ってきかせ、また、彼女が決して精神に異常を来しているのではなく、良人の策略にすぎないこと、夜ごとに暗くなるガス燈の光も良人が閉鎖された屋根裏の部屋にいるためであることなどを説明した。ブライアンがグレゴリーの机をあけてみると、彼女が隠したと良人から責められた数々の品物が現われ、20年前のこの家の殺人事件にグレゴリーが重大な関係を持っていた事実を説明する手紙も発見される。やがて探し求めていたダイヤモンドを手に入れて現われたグレゴリーはブライアンにひかれてゆくのだった。
映画.comより引用

『ガス燈』は何故全編異常なのか?

逃げるようにして街を去る女性ポーラ。彼女はイタリアでオペラ留学をするのだが、先生に激しく怒られる。そして先生が問い詰めると彼女は「オペラよりも恋の方が好きになってしまった」と告白する。すると、何故か先生は手のひらを返したように微笑み始め、「ならば恋を選びなさい」とアドバイスする。ポーラの目は完全に恋に支配されている。この異常な裏返しから、映画を見慣れた人は《信頼できない語り手もの》だと気づくだろう。そしてその読みは正しく、真実の深淵に迷い込む狂気の物語へと発展していく。ただ、その前にもジョージ・キューカーは不穏な要素を足して本作の異常性をドンドン高めていく。

留学を断念し、危ないオーラプンプン匂わす男グレゴリーと結婚し、故郷で暮らすことにしたポーラ。ロンドンに帰る列車の中で、マダムに絡まれる。彼女は殺人現場マニアらしく、サスペンス小説について好き勝手喋り、ポーラと親睦を深めようと迫る。この厚かましいマダムにレディとして対応するポーラだったが、列車を降りるや否やグレゴリーと接吻をし、処女が嘘だったことをドヤ顔でマダムに突きつけ去っていくのだ。この際のグレゴリーのにゅっと死角から出てくる手も気持ち悪いのですが、この時点で異常な人しか登場していないことにあなたは背筋が凍るでしょう。そして、嫌なことにポーラはマダムと再会してしまう。しかもマダムは近所に住んでいると言うではありませんか。孤独なんでしょう。マダムは執拗にポーラに会おうとしてくる。ここに村社会のねっとりとした人間関係の気持ち悪さが滲み出ていて、映画を盛り上げてくる。さらにそこに、ふてくされたちょっと大きめのメイド、耳の聞こえない冷たい先輩メイドが登場し役者が揃った。

本作はDV映画ということで有名だが、それは身体的DVではなく精神的DVだ。グレゴリーはポーラの身に覚えのない行動を指摘し、突き放し続ける。ポーラは彼に依存しているので、彼に応えようと無理やり身に覚えのない真実を自分のものにしていくのだが、その棘のある真実を上手く飲み込めずドンドン記憶が曖昧になっていき発狂していく。

本作が素晴らしいのは、この精神崩壊のプロセスが現実的なのだ。アルツハイマーの人が何故怒ったり精神崩壊するのか?あるいは、偽の記憶を上続けるとどうなるのか?と考えてみると分かりやすい。特に前者だ。アルツハイマーになると怒りやすくなると言う。確かに今は亡き私の祖父もアルツハイマーになり、段々と記憶を失っていく度に怒りやすくなった。それは、その人にとっての真実を誰も信じていないからだ。確かに、その真実は事実ベースにすると誤っているのだが、それを真実として捉えている状態を否定することで自分が否定されているように思えてフラストレーションが高まっていく。それが怒りとか情緒不安定に繋がっていくのだ。

本作の場合、グレゴリーの決めつけによる突き放しで、ポーラを突き放し続ける。しかし、少しだけ彼がポーラに歩み寄ることで、彼女は依存と脳の混乱に精神が蝕まれて自分が自分でなくなってしまうのだ。

そう考えると、アルツハイマーの人に最も効果的な対話方法は、相手の真実に付き合ってあげることなんじゃないかと思ったりもする。

って訳で『ガス燈』は人間の心理を高度に分析した傑作でした。

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