ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ(2019)
The Last Black Man in San Francisco
評価:80点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
『ミッドサマー』がA24におけるアカデミー賞の切り札となっているが、実は2010年代重要作の1本に選ばれるような作品を何本も送り出している。『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコはまさにそんな映画でした。
日本公開は10/9(金)邦題『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』にて!
『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』あらすじ
A young man searches for home in the changing city that seems to have left him behind.
訳:若い男が彼を置き去りにしたように見える変化する都市で家を探します。
※IMDbより引用
サンフランシスコの車上生活事情とジェントリフィケーションについて
ブラッド・ピットの映画会社PLAN B製作、A24配給で生み出された『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』は、まさしく2010年代のサンフランシスコ、アメリカ、そして社会で起きていることを象徴している作品と言えよう。ただのブラックムービーというカテゴリに放り込まれるようなヤワな作品ではない。
本作品について語る前に、サンフランシスコの生活について軽く触れておきたい。
貴方はサンフランシスコについて何を思い浮かべるだろうか?ゴールデンゲートブリッジ?『ブリット』の聖地?
もし貴方がエンジニアだったら、IT企業の成功者が集まるシリコンバレーのある場所というイメージがあるでしょう。Google,Apple,FacebookにIntel多くのIT企業がここサンフランシスコに集まっている。しかし、現在GoogleやIntelなどと手を組むベンチャー企業の人や、それこそみんなの憧れである世界トップ企業に勤める人もサンフランシスコの生活に限界が来ているのだ。
試しに「サンフランシスコ 車上生活」とググってみてください。BUSINESS INSIDERの記事『サンフランシスコでの生活がいかに高いかが分かる、13の驚きの事実』によればサンフランシスコは、都市開発の波により地価が異常に高騰してしまい、年収数千万円クラスの人ですら家賃の支払いに苦労する場所となっているのです。なんたって物件を買うのに130万ドル(約1億4000万円)、賃貸を借りようにも家賃月4000ドル、日本円にして約44万円が当たり前の世界なのだ。エンジニアは困窮困惑し、車上暮らしを強いられているのです。
不動産用語にはジェントリフィケーション(Gentrification)というものがあり、都市再開発によりマイノリティや貧民が住んでいた地区を富裕層が乗っ取り彼らを追い出す現象をこの単語は表しているのだが、個人主義、弱肉強食極端な富の集中は、他の時代にはないものがあります。
2010年代の《移動》と《抵抗》を巡る物語
それを踏まえて本作を観ると単なる黒人が昔の我が家を奪い返すだけの物語ではないことが分かる。『ムーンライト』で発明されたジェイムズ・ボールドウィンの映像翻訳法を用いながら、2010年代を語ろうとする話であることが分かります。感情を爆発させた演説とスローモーションによりスーパーリアリズムのような画で紡がれる抑圧と過去へ手を伸ばそうとする感触から始まる本作は一人の黒人へとフォーカスが当てられる。主人公はかつての我が家に住みたいと、頻繁に覗きにいく。勝手に窓にペンキを塗る彼を白人のおばちゃんはシッシッと追い出すのだが、懲りない。そんな中、当の白人おばちゃんが家立ち退きに遭うのだ。誰もいなくなった家を主人公は乗っ取り、過去に想いを寄せていく。決して、黒人の権利を!貧しき者に居場所を!と口うるさく叫ばない。ささやかな帰るべき家があればそれでいい。ただ、それすら許されない世界になってしまったと、とっても小さなコミュニティの移民は嘆く様に何とも言えない感情が溢れそうになった。
日本だって、東京オリンピックで似たようなことが起きているだけに他人事ではないと思う。世界的に貧富の差が広がり、かつて家は住むものとして存在していたのが、投資の対象としてもはや住む役割を失ってしまう。人々は、家があるにも拘らず荒野と化した都市を彷徨わなければならなくなる。移民/難民問題とは、《外から》の印象が強いが、内側の小さなところからも発生しており、移民問題を経済的に見たときに分かる《移動》のメカニズムをここにも感じ取ることができる。
そう、本作は2010年代を表す記念碑的作品だったのです。
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