【アフリカ映画研究】『黒人女…』アフリカ初の長編映画に挑戦

黒人女…(1966)
La Noire de…

監督:センベーヌ・ウスマン
出演:Mbissine Thérèse、DiopAnne-Marie Jelinck、ロバート・フォンテインetc

評価:50点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

セネガル映画の研究でセネガル映画の父センベーヌ・ウスマン初長編映画『黒人女…』を観ました。本作は、セネガル初の長編映画というレジェンドに留まらず、アフリカ初の長編映画という非常に重要な作品です。それ故か、アフリカ映画としては珍しくクライテリオンでブルーレイ化されています。そんな『黒人女…』に挑戦してみました。

『黒人女…』あらすじ


A black girl from Senegal becomes a servant in France.
訳:セネガルから来た黒人の女の子がフランスでメイドになります。
imdbより引用

移民の哀しみ

アフリカ映画史が始まったのは、1895年リュミエール兄弟が『工場の出口』を発表してから半世紀以上先のことだった。それまではアフリカ先住民がカメラを持つことを列強国は忌避していた。その代わり、列強国はアフリカ先住民を教育するために映画を使用した。同化政策のツールとして映画が使われてきた。そんな映画の強さを一早く見つけたのが作家にして、セネガル映画の父であるセンベーヌ・ウスマンでありました。文盲が多いセネガル人に刺さるメディアとして映画が有効だと考えた彼は1961年にソ連に渡り映画の勉強をします。何故ソ連か?1960年にフランスの植民地から脱出し独立したセネガル共和国はアフリカ社会主義を掲げて新時代を歩み始めていたからです。そして、2本の短編映画『Borom Sarret』、『Niaye』を制作した後、満を期して長編映画『黒人女…』を発表しました。

本作は、アフリカにおける移民の心情を吐露した作品だ。フランスのお洒落で癒される音楽が漂う中、メイドとして移住してきた黒人女性の苦悩が回想形式で語られます。セネガル時代、彼女は貧しかった。周りには文盲が溢れ、彼女は仕事を探しダカールの街を彷徨っていたのです。そんな彼女が刹那の希望を抱き、フランスに渡りメイドとして働くようになるのだが、高慢で意地悪なフランス人にドンドン精神が病んでいきます。センベーヌ・ウスマンは、現代にも通じる経済移民の辛さを巧みなカットバックと、対位法とも言える辛辣な話に対応して存在するゆるい音楽でもって声高らかに叫びます。

経済移民は、なんで幸せになれる確率が限りなく0に近いのに移住するのか?それは、そもそも住んでいた場所が凄惨だったからだ。少しでも凄惨で貧窮に貧困を重ねた生活を脱するために、文化の壁が著しく高い海外へ逃げるのです。そして必死に現地に溶け込もうとするのだが、差別等でドンドン自信をなくしていく。自分の無力さに幻滅していく。そして、その国に憎しみを抱く。この作品が現れてから半世紀が経ちました。しかし、周りを見渡せば全く変わっていないことに気づくでしょう。日本に置き換えて考えると、ここに登場する黒人女は、コンビニで働く外国人労働者だ。客に罵声を浴びせられながら必死に働く。低賃金、言葉や文化の壁にドンドン気が病んでいくのだ。実際にコンビニにいる外国人の店員さんの顔は暗かったりします。本当に『黒人女…』の主人公と同じような陰鬱の顔をしているのです。

このアフリカ映画の礎はまさしく、未だに解決されぬ社会の問題を象徴する記念碑と言えよう。

ブロトピ:映画ブログの更新をブロトピしましょう!
ブロトピ:映画ブログ更新

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です