【ネタバレ考察】『7月の物語』+『勇者たちの休息』ヴァカンスにある小さな闇を捉えた傑作

7月の物語(2017)
Contes de juillet

監督:ギョーム・ブラック
出演:ミレナ・クセルゴ、リュシー・グランスタン、ジャン・ジュデ、テオ・シュドビル、ケンザ・ラグナウイetc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

カイエ・デュ・シネマが満点評価を出したギョーム・ブラック『7月の物語』が日本上陸しました。カイエ曰く

Ce désir de jouer ensemble, que fait mûrir le souffle estival, n’appartient pas seulement à ces personnages qui espèrent, parfois maladroitement, qu’advienne une rencontre, un contact, un moment avec l’autre : il se trouve au cœur même du cinéma à la fois léger et sérieux de Guillaume Brac.
訳:夏の息が成熟するという、一緒に遊びたいという願望は、時にはぎこちなく、それが出会い、接触、そして他人との瞬間をもたらすことを望んでいる人たちだけに属しているのではない。ギョーム・ブラックの明るさと深刻さを同時に映画館で見い出すことができよう。
allocineより引用

とのこと。カイエが2018年ベストテンに入れた『宝島(L’ Île au trésor)』の方はアンスティチュ・フランセのヴァカンス特集で1日だけ上映され、それには行けなかったのですが、こちらは初日に行って監督Q&Aも観てきました。Filmarksの方には書けなかったことをここで書いていきます。ネタバレ記事なので要注意。

『7月の物語』あらすじ


「女っ気なし」「やさしい人」のギョーム・ブラック監督が、フランス国立高等演劇学校の学生たちと制作した作品。2016年7月のパリとその郊外を舞台に、バカンスシーズンの始まりに浮き立つ若者たちの戯れを描く2つの物語を、それぞれ5日間の撮影期間、3人の技術スタッフと少ない機材で撮り上げた。7月の晴れた日曜日。会社の同僚であるミレナとリュシーは、パリ郊外セルジー=ポントワーズのレジャー施設へ女2人で遊びに行く。そこで出会った青年ジャンの存在により、2人の間に芽生え始めていた友情に亀裂が入る(第1部「日曜日の友だち」)。7月14日、革命記念日で沸き立つパリ。国際大学都市に住む女子留学生ハンネは、明日の帰国を前にパリで最後の夜を楽しもうとするが……(第2部「ハンネと革命記念日」)。
映画.comより引用

【第1部:日曜日の友だち】恋人までのディスタンス

本作はフランス国立高等演劇学校の生徒と作るワークショップ映画で、当初は劇場公開する予定がなかったもの。脚本はなく、ほとんどが即興で演じられているのだが、どちらも非常に完成度の高い物語となっている。ギョーム・ブラックはエリック・ロメールやジャック・ロジェといったヴァカンス映画の巨匠と比べると、登場人物が根暗だ。ヴァカンスを楽しんでいるように見えて、心の片隅にある闇を押し広げていくことに特化している。Une désenchanté chante le consolateur(或る幻滅は癒しを歌う)という言葉が似合う監督である。

さて、そんなギョーム・ブラックの本作は2部構成となっており、第1部はエリック・ロメールの『友だちの恋人』の舞台であるセルジー・ポントワーズで物語が作られています。面白いことに彼は『宝島』でもセルジー・ポントワーズを撮っています。

物語は、リュシーがブチギレるところから始まる。彼女は心に抱えた悲しみを誰かにぶちまけたくてしょうがない。同僚のミレナが友人とセルジー・ポントワーズへ遊びにいくと知り、無理を押し通して参加することにする。旅行の当日、ミレナの友人がドタキャンして、2人っきりで旅に出ることになるのだが、リュシーは嬉しそうだ。この描写から、彼女はコミュ障であることが分かり、後の伏線へと繋がる。

セルジー・ポントワーズへ着くや否や、彼女たちはこともあろうかセルジー・ポントワーズを無視して立入禁止区域に入る。ヴァカンスの高揚感って、人をうっかりと間違った道に導きがちだ。ブンブンも友人と鳥取へ旅行した際に、うっかり高速道路へ歩いて入ってしまい、トラックの運転手に怒られた記憶がある。まあ、その危険なイバラ道へ入った彼女たちを待ち受けていたのは、いかにも怪しい監視員のジャンでありました。彼はエロい顔つきで、ミレナをマジマジと眺めている。彼女たちを正しい道へ案内した後もまるで草食動物を狙うライオンのような顔で彼女たちを眺めている。

そして、水上スキーを眺める二人に再びナンパを仕掛けるのです。ただ、彼はミレナのことしか見ていない。そこにリュシーは不信感を募らせていきます。彼女は、知っている人としかいたくないし、自分が主役だと思っている。自分の心の汚れを友人や自然に癒してもらいたいのです。それをジャンに邪魔されてムッとなる。しかしながら、ミレナは満更でもないない顔でこの男が示す官能的な道へと足を踏み入れていく。彼はワザとらしく、女子更衣室に入ってきたりするものの、ミレナはノリノリだ。

そしてジェットスキーを楽しんだ後、ジャンは遂に閉園後のデートにミレナを誘う。そこに映し出される空間には断絶があります。ミレナとジャンだけの空間、そこに入り込めず気まずい顔をするリュシー。この構図の痛々しさは『愛がなんだ』でマモちゃんがテルコに新しい女を紹介する場面に通じるものがある。そして遂にリュシーはブチギレて、「二人でいちゃついていれば」と立ち去ってしまう。

そこで物語は二人の行く末を追い始める。ミレナは秘密の花園でジャンといちゃつくのだが、あまりに激しいジャンに幻滅する。そして、彼にはカノジョがいて、そのカノジョから「このアバズレが!」と言われ、一抹の情事は不快な思い出となってしまうのです。一方、ミレナの方は、イケメンフェンシング男と出会い、楽しいひと時を送る。ちょっぴりビターなハッピーエンドを迎えるわけです。

非常に小さな小さな物語。そうか、フランス語題には「Conte(コント)」という単語が使われている。日本ではお笑い芸人のネタを「コント」と言うのだが、元々は小話という意味合いが強い。ヴァカンスにひっそりとある小話をギョーム・ブラックは描いている訳だが、男と女の「ディスタンス」を捉えるショットにとことん拘り、気まずくなってしまう距離感を的確に捉えていたのだ。ただ、Q&Aで友人が、登場人物の服装が何故か3回程変わっているのはどうしてなのか?と質問をしており、それに対する答えが「服装の生合成には拘らないのさ。僕がエリック・ロメール好きで『木と市長と文化会館/または七つの偶然』でもあった服の整合性問題を無意識にやってしまっていたようだね。」とのことだったので、完璧主義ではない。ヴァカンスというのはその場その場のノリを楽しむものなので、ギョーム・ブラックの時に適当になってしまう演出が良いアクセントになっていると言えよう。

※そんな友人の記事《ギョーム・ブラック『7月の物語』『宝島』至高のバカンス、過ぎ去りし美しき日々》はこちら。こちらではブンブンが観れなかった『宝島』についても言及されています。

【第2部:ハンネと革命記念日】本能と理性の戦い

第2部は衝撃的な場面から始まる。男女が寝ている。男がむっくり起き、隣で寝ている女を触ろうか触らないかと悩む。悩んだ挙句、手を自分の逸物にあて、シュッココ、シュッココリズミカルにコッキングを始める。そしてあまりの爆音コッキングに女が目を冷まし、きゃーと悲鳴をあげる。明日ノルウェーに帰るこの女学生ハンネの朝は最悪な幕開けとなった。友人のサロメはハハッ!と爆笑しながら「励起状態から電子が飛び出すようなもんだよ」と男のコッキングについて解説し始める。これでサロメはリケジョだということが分かる。非常にブラックな比喩とスマートな人間関係の説明描写に惹き込まれます。そんな彼女は7月14日の革命記念日パレードを観に行くのだが、執拗にナンパされる。

そして、彼氏のアンドレアとそのナンパ男がばったりと出会ってしまい、ガチ喧嘩に発展する。血だらけになってしまったアンドレアを観てナンパ男は唖然とし、取り敢えず消防士を呼ぶ。そうしたら、その消防士があまりにイケメンなのでサロメがメロメロとなり、何故か食事会へと発展する。

そこでサロメはなんとかしてその消防士の気を惹こうとするのだが、ハンネがついつい酔った勢いで彼に絡むもんんだからサロメはブチギレてしまうのだ。本作では、国際留学、アカデミックな場であるにも拘らず、理系で量子物理学の勉強をしている理性的な女性でさえも動物的本能のままに行動してしまう様が皮肉られていて非常に面白い。

そして、この作品は第1部含めて、とっても小さなお話しか描いてこなかったにも拘らず、第2部の最後の最後で、めちゃくちゃになった食事会に取り残されたハンネがラジオでテロ事件のニュースを耳にするという非常に大きな事件を取り上げてクライマックスを迎えます。ここについて、Q&Aで監督に訊いてみました。

まずこれは2016年7月14日にニースで起きたテロ事件を示しているとのこと。プロムナード・デ・ザングレ(Promenade des Anglais)の群衆に19トントラックが突っ込み、86名もの死者及び458名もの負傷者を出しました。バスティーユ監獄襲撃によって始まったフランス革命を記念して毎年盛大に祝われる革命記念日が大惨事へと発展したことによりフランス人の大きな傷となったこの事件。当初は映画に盛り込まない予定だったのですが、やはりこれがあってこそ『ハンネと革命記念日』は完結すると監督は感じ、最後に入れたとのことです。そしてこれは、動物的に恋に荒れ狂う学生たちが、たった一つの事件で深い悲しみの思い出に化けてしまうことを意味しているとのこと。流石に、それは取ってつけたかのような理由だと思ったのですが、ミクロな悲劇とマクロな悲劇が、7月14日という曇りなきお祝いムードの中起こってしまう居心地の悪さ。ヴァカンスとかお祭りとかって楽しさしかないように見えて、人々の心の片隅にある闇が強まってしまうと台無しになってしまう側面をギョーム・ブラックは捉えたと考えると腑に落ちました。

勇者たちの休息(2016)
Le repos des braves

本上映はオマケで、彼の中編ドキュメンタリー映画『勇者たちの休息』も上映されましたので軽く感想を書いていきます。

色彩を失った山々をうんしょ、うんしょと登る黄色いサイクリスト。このヴィジュアルだけで癒される。文明から隔絶された険しい山を踏みしめるようにペダルを踏み込むサイクリストに迫り、山影からゴールがチラリと見えると、それが50m、100m先だと知り唖然とする。この感覚は、陸上部時代の合宿を思い起こされる。

人は適応できる!と声高らかに、人類の起源、はたまた自分の人生を見つめ直す為にペダルを漕ぎ続け、絶景を駆け抜ける様は美しい。日々満員電車バトルに汗水垂らし、上司やクライアントに怒られ消耗する体力とは違い、快感ある消耗の萌芽が我々の心を逃すまい、逃すまいと引きつけてくる。

まあ、NHKの『世界ふれあい街歩き』系のテンション故、映画館でわざわざ観るタイプの作品ではないものの、スクリーンに映し出される壮大なアドベンチャーにワクワクドキドキしました。

余談:サイン頂きました

上映後、パンフレットやDVDを購入した方限定でギョーム・ブラックサイン会が開催されました。ブンブン当然ながらパンフレットを購入して並んだのですが、折角フランス版『女っ気なし』のDVDを持っているので、ダメ元でこちらにもサインをお願いしてみました。

Vous pouvez signer ce DVD?(このDVDにサインお願いできますか?)

となけなしのフランス語で話しかけてみたら、

Oui! Ah, Vous êtes le premier intervenant, n’est ce pas?(もちろん、あなたは最初の質問者だったよね!)
と答えてくれました。しかも質問者であることも覚えていてくれました。めちゃくちゃ嬉しかったです。そして、パンフレットには、

Pour Che Bunbun
Merci pour la premiere question!
Amitié
Guillaume Brac
2019.06.08

チェ・ブンブンへ
最初に質問してくれてありがとう!
我が友よ
ギョーム・ブラック
2019.06.08

と書いてくれました。

DVDも丁度パッケージを開いたところにスペースがあったので、そこに書いて頂きました。こういう時、フランス語をしっかり学んでいてよかったと思います。決してビジネスできるレベルの英語力もフランス語力もないのですが、軽く気持ちを伝えられる。文法とか活用とか頭で考えるまでもなくスッと言えた時の感動は非常に大きいものを感じます。なので、このブログを読んでいる大学生や語学学習者は是非とも挫けずに学び続けて欲しい。今は、どこで役に立つのか分からないかもしれませんが、人生の中で突然訪れる「ここぞ!」という時にあなたの学習は功を奏することでしょう。

取り敢えず、これは家宝にします!

Merci! Guillaume Brac, Je vous souhaite d’avoir du succès dans votre film prochaine.
(ありがとう!ギョーム・ブラック、あなたの次回作が成功することを祈ります。)


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