『ある画家の数奇な運命』ドナースマルク8年ぶりの復活作

ある画家の数奇な運命(2018)
NEVER LOOK AWAY

監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演:トム・シリング、セバスチャン・コッホ、パウラ・ベーア、サスキア・ローゼンタールetc

評価:70点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第91回アカデミー賞で、撮影賞と外国語映画賞に輝いたフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク8年ぶりの作品『NEVER LOOK AWAY』を観ました。本作は、東ドイツ出身の原題アーティスト、ゲルハルト・リヒターの半生に基づく3時間の超大作となっています。

※日本公開は2020年秋、邦題『ある画家の数奇な運命』にて公開が決まりました

『ある画家の数奇な運命』あらすじ


German artist Kurt Barnert has escaped East Germany and now lives in West Germany, but is tormented by his childhood under the Nazis and the GDR-regime.
翻訳:ドイツ人アーティスト、カート・バーネットは東ドイツを脱出し、現在は西ドイツに住んでいますが、ナチスとGDR政権下の彼の幼年期によって苦しめられています。
imdbより引用

ラブストーリーから伝記者へ

本作は、ゲルハルト・リヒターの半生を基にしながらも、主人公の名前を「カート・バーネット」に変えている。映画メディアEMANUELLEVYに掲載されたインタビューによると、ドナースマルク監督は次のように答えている。

We used a few elements from Richter’s biography as a starting point, but it’s dramatic fiction. It’s not a biopic. I didn’t want to have to stick to facts because I really believe that good fiction is a lot more thrilling and exciting, a lot more satisfying and somehow even a lot truer than fact.
翻訳:出発点としてリヒターの伝記のいくつかの要素を使いましたが、それは劇的なフィクションです。それは伝記ではありません。良いフィクションは、はるかにスリリングでエキサイティングで、はるかに満足していて、どういうわけか事実よりずっと真実であると私は本当に信じているので、私は事実に固執する必要はありませんでした。
EMANUELLEVY《Never Look Away: Interview with German Director Florian Henckel von Donnersmarck(2018/9/1)》より引用

本作は、確かにゲルハルト・リヒターの伝記としてみると肩透かしをくらうかもしれない。何故ならば、前半90分くらいはアートに関する話はできるだけ避け、叔母の面影を感じる女性Ellie Seebandへのスリリングなラブストーリーが展開されるのです。叔母は統合失調症で、幼少期のカートに強烈な思い出を与える。それを、現実離れした青い色彩や、空間の妙で描く。例えば、バスの前にカート少年を連れていき、叔母が手を掲げると、プーとバスのクラクションが幻想的に鳴る。少年がリビングに入ると叔母が裸姿でピアノを弾いていると思いきや、いきなりガラスで頭を叩き始めて血まみれとなる。そんな謎深い叔母と引き裂かれたカートだった。幼少期のトラウマや謎は、長い間引きずりがちだ。美学校で出会った、美女に叔母の面影を感じた彼は、監視の目を掻い潜って彼女との肉体的結びつきから、自分のアイデンティティを見出そうとし、そして自由を求めて西ドイツへと逃亡するのだ。

このゲルハルト・リヒターのイメージとはかけ離れたラブストーリーを描いた後、ようやくドナースマルクはリヒターの苦悩というのを描き始める。ゲルハルト・リヒターとは、絵画の可能性を一貫して求めていったアーティスト。その集大成の一つが《フォト・ペインティング》だ。写真を模写し、それをハケ等で撫でることで全体をぼやけさせる手法だ。彼の選ぶ写真は決してランダムではない。一貫したリアルさを追求して写真を選んでいる。故に、彼の半生に纏わるものが絵に反映されていたりします。

本作では、ジャクソン・ポロックのアクションペインティングを真似しながら、全然自分らしさを見出せないカートが、自分のスタイルを見つけていく話へと収斂していく。劇中、度々「Ich, Ich, Ichi(僕だ、僕だ、僕だ)」というセリフが繰り返されます。教師に「これはあんたではない」と作品をけなされたりします。しかし、めげずに自分の完成を見出した彼の勝利が描かれるのです。

ドナースマルクはリヒターの半生に自分を重ねる

本作は、『善き人のためのソナタ』、『ツーリスト』、そして『NEVER LOOK AWAY』とドナースマルク監督の遍歴を知っていると、何故彼が今回ゲルハルト・リヒターの伝記に基づいてフィクションを作り出したのかが分かってくる。彼は初長編映画『善き人のためのソナタ』でいきなりアカデミー賞外国語映画賞を受賞する。しかしながら、製作が難航していたジョニー・デップ&アンジェリーナ・ジョリーのハリウッド観光映画『ツーリスト』の監督を引き受けてしまったばかりに地に堕ちてしまう。『ツーリスト』は紆余曲折企画が空中分解してしまった為、伝説的投げやりなエンディングによって批評家、一般観客共々に酷評され大コケした作品。しかも、関係者がゴールデングローブ賞ノミネートを目指してパーティーを行ったことがバレ、叩かれ、ドナースマルク監督は業界から追放されてしまった。

そんな彼が8年ぶりに3時間かけて描く本作は、アイデンティティを探して自分の作風を見出そうとするゲルハルト・リヒターに自分を重ねるセルフセラピーであった。カートという仮想の箱にリヒターというフレームワークを入れ、そこへ自分を投影させていく。これには、ある種の監督の自信のなさが現れている。劇中でカートは、自分だけの技法を見つけ出す。しかしどうでしょうか、この映画自体からはドナースマルク監督の覚醒は見出せないことに気づくでしょう。そう、これはドナースマルク8年ぶりの作品という重圧から逃れるために、アーティストの成功を描いているのではないでしょうか。自分は成功できないのかもしれないが、物語の中では成功できる。まるで自殺はできないが作品の中では自殺できることを発見し作品に投影させることで自分のモヤモヤを浄化した『若きウェルテルの悩み』に近いことが行われていました。

撮影について

最後に今回アカデミー賞撮影賞に本作がノミネートされたことについて触れておきましょう。今回、撮影監督のキャレブ・デシャネルがノミネートされました。彼は『ツイン・ピークス』や『スパイダーウィックの謎』、『アウトロー』などとファンタジー映画やアクション映画の撮影を手がけている人物で、この夏公開の実写版『ライオンキング』の撮影も手がけています。ただ、正直『ROMA』なんかに比べるとなんでノミネートしたの感が強い撮影でした。功労賞にしては、まだまだキャリアが浅い気がするし、割と今回のアカデミー賞ノミネートはロビー活動の勝利によるものなのかなと思ってしまいました。

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