【アカデミー賞特集/ネタバレ考察】『ビール・ストリートの恋人たち』を読み解く5のポイント

ビール・ストリートの恋人たち(2018)
If Beale Street Could Talk

監督:バリー・ジェンキンス
出演:キキ・レイン、ステファン・ジェームス、コールマン・ドミンゴ、レジーナ・キングetc

評価:95点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

本日は、第91回アカデミー賞授賞式です。いつもは、速報を当ブログで出しているブンブンですが、今年は映画仲間とBARで観戦する為行いません。その代わり、助演女優賞、脚色賞、作曲賞にノミネートされている『ビール・ストリートの恋人たち』のネタバレ考察記事を出します。本作はブンブンにとって思い入れの強い作品なので、5つの視点から読み解いていくことにします。

『ビール・ストリートの恋人たち』あらすじ


「ムーンライト」でアカデミー作品賞を受賞したバリー・ジェンキンス監督が、1970年代ニューヨークのハーレムに生きる若い2人の愛と信念を描いたドラマ。ドキュメンタリー映画「私はあなたのニグロではない」の原作でも知られる米黒人文学を代表する作家ジェームズ・ボールドウィンの小説「ビール・ストリートに口あらば」を映画化し、妊娠中の黒人女性が、身に覚えのない罪で逮捕された婚約者の無実を晴らそうと奔走する姿を描いた。オーディションで抜てきされた新人女優キキ・レインと、「栄光のランナー 1936ベルリン」のステファン・ジェームスが主人公カップルを演じ、主人公を支える母親役でレジーナ・キングが出演
映画.comより引用

ポイント1:完璧な衣裳デザイン

まず、本作を観た人誰もが感じるのは衣裳デザインの美しさでしょう。ブンブン事前に、映画ライターのSYO(@SyoCinema)さんから「冒頭が素晴らしいんですよ。男の方(ファニー)が青い上着と、黄色い下着。女の方(ティッシュ)がその逆になっていてねぇ」と伺っていました。ただそういう小手先の美かと思いきやそうではありませんでした。この映画にとって衣裳は非常に重要な意味を持っています。

特にそれが顕著に現れるのは、雨の日ファニーとティッシュが相合傘をするシーン。ファニーは赤い服を着て、真っ赤な傘をティッシュに差し伸べる。ティッシュは真っ白な服を着ている。これにより、雨や外から来る余計な《色》でティッシュを曇らせたりはしないというファニーの意志を象徴させることができます。また、幸福な瞬間は暖色、不幸な瞬間は寒色といった使い分けを行うことで心情を表現しています。

ジェイムズ・ボールドウィンという米国黒人文学史上最重要人物の押し殺した緻密な文章。これを映像に落とし込むには、《ヴィジュアル》がモノをいうということをバリー監督は十分把握していたのです。

こうも素晴らしい衣裳にも関わらず、第91回アカデミー賞の衣裳デザイン賞に本作がノミネートされていないのはあまりにもかわいそうだ。『女王陛下のお気に入り』『メリー・ポピンズ リターンズ』でサンディ・パウエルをWノミネートさせるのならば、一枠Caroline Eselinに譲ってもよかったのではと感じました。ちなみに本作の衣裳を手がけたCaroline Eselinは『ムーンライト』や『アンダー・ザ・シルバー・レイク』の衣裳を手がけた今キテいる衣裳デザイナーです。今後の活躍に注目です。

ポイント2:完璧なボールドウィン感覚とアレンジ

バリー監督は『ムーンライト』の時から、ボールドウィン的文体を映像に落とし込む技術に挑戦していました。ジェイムズ・ボールドウィンは、アメリカのスラム街ハーレムというところで生まれ育ちました。彼は同性愛者でもあり、『ジョバンニの部屋』や『もう一つの国』、『列車はどのくらい前に出たか教えて』といった同性愛にまつわる小説を書いていました。そんな彼の作風は、差別と抑圧に耐えている感情を捉えるもの。一瞬の出来事を緻密に描くことで永遠に続くであろう絶望を表現しています。本作の原作では、青果店でティッシュがチンピラに絡まれ、アニーが彼を殴ったことで警察に捕まりそうになる場面。ティッシュの目線からことの顛末が語られる。逃げ出したい運命に対して、刹那の間でもってどうにか逃れようとするのだが、運命は残酷でことは起きてしまう様の切なさを、じっくりじっくりと描き出していました。

バリー・ジェンキンス監督は登場人物の感情を一定ラインから出ないようにコントロールする。そしてためて、ためて、ためて爆発させるという表現でもってボールドウィンの文体を映画にトレースしようとしています。例えば、あれだけジェントルマンだったファニーが青果店での一悶着のあと、トマトをブチまけ怒りを露わにする場面にそれが現れています。壁に打ち付けられたトマトの色が、血を思わせる色彩となっていることもあり、ファニーが感情をいかに押し殺していたのかがよく分かる場面となっています。

そして、バリー監督はただボールドウィン的表現の映像翻訳をしているのではなく、彼独自の技術《断絶》でもって物語を盛り上げます。『ムーンライト』では、苦しみは層のように積み重なっていくものなのに、完全なる3部構成にし、部と部の狭間に大きな断絶を生み出す致命的なミスがあったのですが、今回は効果的に《断絶》が用いられています。

冒頭、ティッシュとファニーが幸せそうに歩いているのに、ナレーションでは「こういう風には会いたくなかった」と語られる。そして二人が接吻した途端、「壁越しに」とナレーションが言い出し、留置所でガラスの壁越しに手を合わせる二人の姿が映し出される。この暴力的なシーンの切り返しが多く、突然白黒写真のスライドが展開されたり、ティッシュとファニーのセックスシーンの直後に、「ファニーは逮捕された」というナレーションが入ったりするのだ。

これによりいつ何が起こるのかわからない怖さ。ボールドウィンが生きた時代の壮絶さを物語っていると言えます。

ポイント3:音楽の使い方

原作では、音楽を心情表現として使うメロドラマ演出が施されています。シャロン・リヴァーズ(映画だとレジーナ・キングが演じていた役)がナイトクラブでStaple Singersの《UNCLOUDY DAY》を聴きながら、ティッシュのことや人生のことを振り返る。《UNCLOUDY DAY》はゆったりとゆったりとしたリズムで望郷を歌った曲だ。そんな曲を嗜んでいたのに、いきなりザ・ローリング・ストーンズの《 (I Can’t Get No) Satisfaction》が流れるのだ。これは、今まで差別とか抑圧に耐えてきたけれども、ファニーの不当な逮捕にはうんざりだという怒りの爆発を表現させる場面となっています。「満足できてねぇぞ!」という怒りがその場面に籠められているのです。
他にも原作だとアレサ・フランクリンの《Respect》、《That’s Life》やマーヴィン・ゲイの《What’s Going On》などが使われています。

一方、映画版だとそういった曲は排除されています。『ムーンライト』で作曲を手がけたニコラス・ブリテルのメロディーで心情を表現させているのです。これが面白いのは、ブラックミュージックのリズムすら排除しており、弦楽器のギィーギィーと劈くような、でも美しい旋律が観るものの涙腺に訴えかけるという演出が施されているという所にあります。安易なブラックミュージックに逃げないことで、バリー監督のボールドウィンと向き合う強い意志を感じさせるのです。

ポイント4:引用のキレ


バリー・ジェンキンス監督はしっかりと映画を研究し、旧作のエッセンスを混ぜ合わせることで自分の作品を強固なものとさせています。冒頭のガラス越しに分断されてしまったティッシュとファニーの悲しさの表現は、手つきにフォーカスが当たっており、それはロベール・ブレッソンの『スリ』、『ラルジャン』から引用されている。また、ファニーが街中を歩く場面は、『ドゥ・ザ・ライト・シング』のオープニングを俯瞰したようなショットで演出している。

そして何と言っても、前作に引き続きクレール・ドゥニの『美しき仕事』から抑圧された世界を表現しようとしています。『美しき仕事』は同性愛を押し殺そうとする外人部隊の葛藤を、詩的なリズムと肉体のリズムでもって表現した作品だ。バリー監督は、幼少期ティッシュとファニーがなんの恥じらいもなく風呂に一緒に入っていたのに、いざセックスとなると恥じらいを魅せ、どちらが脱ぐかを迷い始める。そしてようやくセックスが始まった時の様子を黒く光る肉体の美しさに特化させて、リズムを刻むことで、抑圧からの解放を表現しようとしています。ただ自分の好きな映画をサンプリングするのではなく、物語に必要な引用を必要なだけ使う彼のスマートさには痺れるばかりです。

ポイント5:キキ・レインの演技

個人的にレジーナ・キングよりも新人女優キキ・レインから演技を引き出すのが上手かったと思う。特に香水売り場での引き攣った笑顔で接客する彼女の演技は、原作の同シーンと完全に一致しており、仮面の下に自分の辛さを閉じ込めようとする辛さをよく表現しているといえます。また、新人女優ならではの将来に対する不安や幼さというものも母親になる決心がついていないティッシュ像と見事にマッチしており、映画を大きく盛り上げていました。

最後に

アメリカの評判では『ムーンライト』と比べると劣るみたいな感じでしたが、ブンブンは断言します。『ビール・ストリートの恋人たち』は『ムーンライト』と格が違う。なんでアカデミー賞作品賞にノミネートされなかったのか些か疑問だと。確かに、2018年はブラックムービーがビッグバンを起こした年であり、メインストリームは『ブラックパンサー』や『ブラック・クランズマン』といったコミカルさと社会派のマリアージュだったりする。トレンドでみれば、アートアートした本作は蚊帳の外になってしまうであろう。しかしながら、バリー監督は真摯に黒人差別で抑圧された世界を純粋な気持ちで捉えようとしていたと考えられます。というわけで、ブンブン上半期ベストテン暫定1位に本作が躍り出ました。

関連記事

【『ビール・ストリートの恋人たち』公開記念】J.ボールドウィン”Sonny’s Blues”翻訳1
【『ビール・ストリートの恋人たち』公開記念】J.ボールドウィン”Sonny’s Blues”翻訳2

ブロトピ:映画ブログの更新をブロトピしましょう!
ブロトピ:映画ブログ更新

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です