タングスィール(1973)
Tangsir
監督:アミール・ナデリ
出演:Behrouz Vossoughi, Parviz Fanizadeh, Jafar Vali etc
評価:75点
映画祭というと、どうしても新作に目が行きがちだが、DVD化もされていなければ製作国ですら観ることが困難な旧作と出会えるチャンスの場所だったりする。今回、東京フィルメックスでは、イラン映画の巨匠アミール・ナデリの特集が組まれていた。イラン映画というと、アッバス・キアロスタミ、ジャファール・パナヒ、アスガー・ファルファディを思い浮かべる。
今日紹介する『タングスィール』は、ギリギリまで東京国際映画祭で上映するか分からなかった作品だ。データ輸送にトラブルが生じた為、結局上映が決まったのが開催1週間前。その為、当日の来場者は朝日ホールの4割程でしたが、イランフィルムセンターが断片を修復して、それをプログラマー市山尚三をはじめとする東京フィルメックススタッフが頑張って持ってきただけあって実に面白い作品でありました。Q&Aでアミール・ナデリ監督に質問もできましたので、これから語っていきます。
『タングスィール』あらすじ
Sadegh Choobackの同名小説の映画化。タングスィール人のザール・ママドは、布売りに金を貸したが一向に返してくれない。毎日のように取り立てにやってくるザールを布売りは疎ましく思っている。終いには町の人一丸となってザールを追い出そうとする。怒りに満ち溢れたザールはライフル銃を手に取り、家族に別れを告げる。そして、復讐の鬼として町に繰り出す…若きアミール・ナデリが黒澤明に捧げた愛の映画
本作は、黒澤明の『七人の侍』『蜘蛛巣城』に影響を受けたアミール・ナデリ監督が26歳で製作したアクション映画だ。本作と、この直後に撮った『ハーモニカ』は、その過激な内容から公開直後に上映禁止になった。しかしながら、イラン国民の中でカルト的人気となり、イラン革命のアイコン的作品となった。そんな作品『タングスィール』は、監督が豪語するのも納得、実に黒澤明な世界だった。
主人公のザールはタングスィール人。タングスィール人とはイラン南部に住む人々のことを示す。この映画の町の人々は口を揃えて「タングスィール人は純粋だ」とバカにしている。ザールは布商人に金を貸したが長らく返してもらっていない。毎日町に通い、返金を求めても明日きやがれ!と追い出されてしまう。やがて喧嘩が激しくなり、町人が一丸となってザールを追い出してしまう。
信仰心強いザールであったが、神は現実問題を救ってはくれない。宗教家は私たち家族を救ってはくれないと心が折れ、銃を取る。そして布商人を射殺してヴィジランティズムに目覚める。風紀を守る警察官的役割の馬乗りに追われるザール。しかし、ザールが逃げる轍を、悪い町商人に搾取されていた人々は勇気付けられる。そして、タングスィール人である馬乗り警官の心も揺り動かしていく。
ザールは、10m先の敵を撃つようなライフル銃を、敵の胸にあて至近距離で撃つ独特な処刑を行う。これについて監督に質問してみました。すると、監督は次のように解凍してくれました。
「まず、ザールは苦しんでいます。その苦しみを、相手に感じてもらうためにライフル銃を至近距離で撃たせました。そしてライフル銃を至近距離で撃つ時に《間》が生まれます。これはクロサワ映画から学びました。」
なるほど、アミール・ナデリ監督は黒澤明をはじめ、日本の時代劇が持つ《タメ》のアクションを通じて、泣きっ面に蜂で苦しむザールの心情を表現していたのだ。ガンアクションというとどうしても人の命が軽くなりがちだ。バンバン軽快に銃が飛び交い、バッタバッタと人が倒れていく。また、銃弾は速すぎて肉眼では捉えられない。銃声が鳴った次の瞬間には、決着がついている。
刀でのアクションは、銃弾に比べて動きが遅い。それだけに、刀が振られる一挙動一挙動に感情が宿りやすい。そして、眼前で人が斬られ血を流す。生の重みを感じながら、侍は敵をなぎ殺す。このサムライ映画ならではの、命の重さを《至近距離で撃つライフル銃》という形で継承した。そして、搾取される側が一人のヒーローによって立ち上がる様の高揚感を『七人の侍』から引き継いだ。
その結果、遠く離れたイランの時代劇にも関わらず、まるで自分の話のようにのめりこみ、拳をあげたくなるほどザールを応援したくなった。『ハーモニカ』も含め、アミール・ナデリ監督が弱冠26歳で撮ったこの2本は上映禁止になるのも納得な激アツドラマでありました。
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