【ネタバレ酷評】『友罪』瑛太のカラオケを観るだけ、、、暫定ワースト1作品だった件

友罪(2018)

監督:瀬々敬久
出演:生田斗真、瑛太、
佐藤浩市、夏帆、山本美月etc

評価:マイナス5億点

先日、映画友達と一緒に『ファントム・スレッド

』『友罪』の2本立てをしてきました。前者は、我らがPTAの作品だけあって、今年のベストテン入り確定の大傑作であった。しかしながら、その次に観た後者は、体感時間5時間、目も当てられない程酷い映画でため息しか出ませんでした。ってことで、今日は『友罪』の愚痴を書きます。ネタバレ全開で荒れると思うので要注意だ!

『友罪』あらすじ

薬丸岳の同名小説を映画化。
ジャーナリストの道を諦め、製作所で働くこととなった男・益田。同期の鈴木と心を打ち解けようとするが妙な壁がある。それ故か、製作所の先輩から鈴木は目をつけられる。実は、鈴木には大きな秘密があり…

回収されないエピソード、薄すぎるメッセージ

まさか!?と思った。瀬々敬久監督作品は確かに当たり外れが大きい。『8年越しの花嫁

』のような大傑作から、『ストレイヤーズ・クロニクル』といった救いようのない駄作まである。ただ、彼は三池崇史に近い立ち位置の方なので、「依頼されて作ったな、、、やる気ないな」とあらすじを見れば同情したくなる監督でもある。しかし今回の『友罪』は、あの大傑作『ヘヴンズ・ストーリー』に近い贖罪の物語。間違いなく、『8年越しの花嫁』よりは彼の撮りたい作品だろう。故に期待できると思っていた。

しかし、蓋を開けてみたら、何があったの!?と思う程に凄惨な映画だった。

まず、本作は予告編で謳っている、元殺人犯との友情をどれだけ持続できるのか?という話ではない。いや、確かにその通りなんだけれども、本作は様々な罪人の贖罪の物語を交差させた群像劇となっている。

1.工場での友情譚
2.更生施設の女の話
3.交通事故でバラバラになった家族の話
4.暴行されるAV女の話
5.ジャーナリストの女の話

ざっと5つの物語が同時に展開していく。群像劇の醍醐味は、それぞれの物語がいかに交差していくのかにあるのだが、本作を観る限り、この交差があまりにも下手で、1.工場での友情譚だけで十分なのではと思ってしまう。

特に、2.更生施設の女の話、3.交通事故でバラバラになった家族の話はまるでクラスのはぐれ者が、寂しさ故グループに無理矢理入ろうとして、そのグループを破壊してしまうように、物語を壊して、壊して、壊しまくるのだ…

確かに観点は鋭い。交通事故で人を殺してしまった息子。被害者遺族は執拗に加害者家庭を追い回す。謝罪してもしても許してもらえないので、家族を解散する。息子夫婦の出産ですら喜ぶことができない。「加害者の家族」の苦悩を1.工場での友情譚で描かれる「加害者本人の苦悩」と対比させることで、深みを与えようとしている。また、2.更生施設の女の話で「死は罪を購えない、問題解決に繋がらない」というメッセージを伝えようとしているのも分かる。

ただ、このようなデリケートな話、そして結局根性論で終わりそうな話を、この『友罪』はそのまま根性論の話として終わらせてしまっているのだ。全ての話が「とにかく生きろ」としか言っていない。各話の、多角的視点が失われ、陳腐で安直なメッセージに収斂していることで、「結局、1.工場での友情譚だけでいいのでは?」と思ってしまうのだ。

2.更生施設の女の話に限っては、施設内で暴行を振るおうとしている少年に対して、「人を殺したら、もうその人はいなくなっちゃうんだよ。抱きしめることも話すこともできないんだよ!」と、道徳の教科書か!と思う程に反吐が出る臭いセリフを語り終わってしまうので、フラストレーションしか堪らないものとなっていた。

また、佐藤浩市が加害者遺族の大黒柱を演じた3.交通事故でバラバラになった家族の話は、ただただ加害者遺族の父親が家族をメチャクチャにしているだけ。中盤から、被害者の存在が皆無となり、最後は何故か加害者遺族の父親のドヤ顔で終わるという、「私は何を見せられていたのだろう」と思うシークエンスとなっていた。

そして、実は5.ジャーナリストの女の話が本作の凶悪さを増し増しにした。ジャーナリストの夢を諦め、製作所で働くこととなった男に好意を抱いている女ジャーナリストの物語。彼女はある事件のスクープを引き出すようミッションを与えられる。そしてその男と接するうちに、彼こそがスクープに最も近い男だと確信するという展開になっている。

しかし、映画をじっくり観ると、彼女…無用の産物。何もしていないのだ!ただただ、物語にグイグイ入り込み、物語の空中分解に加担するだけとなっている。そして、彼女こそが本作唯一と言っていいほどの名シーンをぶち壊しにした。

本作は中盤に、瑛太扮する鈴木のカラオケシーンがある。製作所に集まる人々は、貧困、罪、社会的地位の低さにコンプレックスを抱いている。それ故に、他人を傷つけてしまうまでに凶暴化した。そんな彼らが、カラオケに集まり、初めて全員が笑うのだ。歌は酷い。どの曲を謳っているのか分からないほどの歌唱力のなさ。そのシーンのクライマックスで、鈴木はドラゴンボールの主題歌『魔訶不思議アドベンチャー!』を歌うのだ。瑛太は歌が上手かった筈。なんだけれども、ここでは見事な歌唱力のなさを熱演している。これにより、カタルシスが生まれるのだ。

この名シーンを、女ジャーナリストは何度も引用する。携帯電話に映る鈴木の笑みのシーンを執拗に映すことで、この名シーンは陳腐化されてしまうのだ。

やはり、5.ジャーナリストの女の話も要らなかったと思う。

こうなってくると、1.工場での友情譚だけで済む話を何で大風呂敷広げちゃったのだろうと思わずにはいられない。4.暴行されるAV女の話こそ鈴木の暴力性と優しさを引き出す機能を果たしていたので、あってもよかったと思うが他は要らない。とにかく、苦痛と怒りとモヤモヤがブンブンを支配する映画だった。これは『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ

』を超え、ぶっちぎりワースト1位でした。

この夏公開の瀬々敬久最新作『菊とギロチン』は大傑作らしいので、こちらに希望を託すとしよう。

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