奇跡(2011)
I Wish(2011)
監督:是枝裕和
出演:前田航基、前田旺志郎、
平祐奈、オダギリジョー、
阿部寛、長澤まさみ、
樹木希林、橋爪功、橋本環奈etc
評価:80点
第71回カンヌ国際映画祭パルムドールを是枝裕和監督作『万引き家族(SHOPLIFTERS)』が受賞した!
最近の是枝映画が苦手なブンブンでも、今村昌平の『うなぎ』以来21年ぶりに日本映画がパルムドールを受賞したことに涙しながら拍手した。と同時に、これは公開したら間違いなく賛否が分かれ、今年のあらゆる映画ベストテンにランクインし、またあらゆるワーストテンにもランクインするだろうと思った(間違いなく映画芸術はワーストに入れるであろう)。ただ、驚いたのは、既に驚くべき論法でこの『万引き家族』が炎上しているのだ。Twitter上で本作について怒っている人は、こういうような言葉を投げ捨てている「日本が万引きする民族に見えるだろうが!」「監督は在日!」。てっきり、怒っている人は「また映画祭に媚びた作品を作りやがって」みたいな論法で火炎瓶を投げつけていると思いきや、てんでトンチンカン。全くもって「映画」を論じていない。自分の差別的な思想を、マクロな存在に隠して個人を攻撃しているだけのものだった。折角、ガラパゴス過ぎて世界から見捨てられようとしている日本映画が注目されているのに、なんでこうも凄惨な方法で傷つけるのか?悲しくなった。
ってわけで、急遽是枝監督の作品を観て『万引き家族』を盛り上げようと思い立ったのだ。
Amazon Primeで丁度『奇跡』が配信されていた。しかも、ブンブン未見の作品であった。よしっ!これにキメた!
『奇跡』あらすじ
両親の離婚で鹿児島と福岡にバラバラでクラスこととなった兄弟。再び家族が一つになることを願っている二人は、九州新幹線が全線開業する日の朝、鹿児島から福岡に向かう新幹線「つばめ」と福岡から鹿児島に向かう「さくら」が初めてすれ違ったときに願い事が叶うという噂を耳にする。そこでクラスメイトを巻き込んで冒険の旅に出ることにする…是枝監督のマスターピースだ
是枝裕和映画の代表作は何?
と訊かれたら、多くの人は『誰も知らない』『そして父になる』『海街diary』あたりを答えるのではないだろうか。
『奇跡』はTwitterの間でもあまり話題になっていない。しかし、本作は紛れもないマスターピース。それも、『幻の光』から『万引き家族』まで、是枝裕和映画の全てが詰まった作品だと言えよう。
そしてまず、2つのことを言いたい。
1:企画ものの限界点を突破した
1つ目は、本作がJR九州とジェイアール東日本企画からの依頼で、九州新幹線の全線開通記念向けに作られた《企画もの》だということ。故に、九州新幹線の魅力を第一に伝えるのが重要となっている。それだけに、下手なことをすれば簡単にJR九州またはジェイアール東日本企画から苦情が来てしまう。そして、苦情対応していくうちに凡庸な映画に陥ってしまうであろう。ましてや主題歌は《くるり》が担当している。通俗な映画になる可能性大だ。しかし、是枝裕和監督はこともあろうか、電車は殆ど魅せない。全く妥協することなく、自分の世界をそこに作り上げてしまった。それも、是枝裕和の十八番である凄惨なほどに壊れてしまった家族を陽光で包む話を前面に押し出して。
他の映画監督だったら、こうはいかなかっただろう。
是枝監督は、他の作品以上に辛すぎる人生を《希望》という名の光で包んだことで、文字通り奇跡の映画が生まれたのだ。
2:役者を輝かせる
2つ目は、是枝監督は役者の使い方が上手いということ。そしてベテラン俳優であっても、今までの作品とは違った味を引き出すことができる。本作はその真骨頂を楽しむことができる。まず何と言っても主演の少年お笑いコンビまえだまえだ。彼らの捲したてる口調。これが芸人としてではなく、きちんとワンパク元気な小学生として切り取られている。故に、そこには演技ではなくドキュメンタリーが映し出されていた。
また、クラスメイトを演じた子供たちの小学生らしく、まっすぐで歪みなく希望の光を宿した姿しかこの映画には登場しない。その中には、後に大ブレイクする橋本環奈や平祐奈の姿もいた。
そして注目していただきたいのは阿部寛扮する先生。阿部寛といえば、いつもヒーロー役しかやっていないイメージが強い。悪人役なんかほとんど演じたことがない。今回、主人公が越えるべき敵として描かれているのだ。しかも、阿部寛映画お馴染みのユーモアをもって。例えば、彼の第一声は「EXILEは職業じゃないでしょう。」から始まる。カメラが阿部寛の背中を追い、これが授業風景だと分かる。ありふれたユーモラスな授業風景だと思ったら、雲行きが怪しくなる。父親の職業を調べてくる宿題を彼が発表する。すると女子生徒が、兄・航一の離婚のことを教える。すると、先生は適切に後処理することなく、彼の心の傷に塩を塗るようなことをしてしまうのだ。このユーモアから戦慄に到るまでのシークエンスが強烈だからこそ、中盤、学校を抜け出して新幹線を観にいくシーンがスリリングになる。素晴らしい前準備だ。
最強のバランス力
もう少し中身について語るとしよう。本作は綺麗な2部構成となっている。前半では是枝裕和得意の家族と絆の物語が展開される。鹿児島と福岡、バラバラになった二人が電話でもって壊れてしまったカケラを引き寄せていく。ぽっかりと空いてしまい、埋められない穴は、生徒や先生、親戚が不器用ながらも少しずつ埋めていく。そして十分に、この映画の子どもたちが大人以上の強さになるまで《絆》を育成したところで、2部に移る。
2部はまさしく『スタンド・バイ・ミー』だ。少年少女が、ある一つの目的地に向かって歩く。周りの風景も楽しむ。そこにはちょっとしたアクシデントなんかもあるが、築き上げて来た《絆》が彼らを守る。1部がなければ『スタンド・バイ・ミー』の二番煎じで終わってしまっただろうと思うほどに、前半と後半は固い絆で結ばれていることが分かる。そして、ここぞというところで新幹線を魅せる。
顧客要件をクリアしつつ、エンタメ性と不幸な境遇に対するドキュメンタリー性のバランスを確保し2時間程度で終わらせる。これは最強の日本映画なのではないだろうか?
最後に…
『万引き家族』は、確かに予告編を観た感じだと、明らかにカンヌ国際映画祭で最高賞を獲る作品を分析して作ったあざといイメージがある。これは日本の過激派シネフィルから叩かれることから免れることができないであろう。
この挑発的な内容から、エンタメ性と社会批判の絶妙なバランスが伺える。ただ、貧困や差別を描いただけなら、それはすぐにでも風化してしまうだろう。せいぜい貧困ポルノとして気取った人の心のオヤツ程度になってしまうであろう。エンタメ性があるからこそ人々の心に強烈な槍を突き刺すことができ、人々を行動に移すことができる。そう考えると『万引き家族』は傑作な予感しかしない。
ここ最近、是枝裕和監督作を酷評ばかりしてきたブンブンにとってワクワクだ。
6/8(金)が待ち遠しいのであった。
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