『アメリカン・パロディ・シアター』テレビ放送文化のパロディ

アメリカン・パロディ・シアター(1987)
Amazon Women on the Moon

監督:ジョン・ランディス、ジョー・ダンテ、カール・ゴットリーブ、ピーター・ホートン、ロバート・K・ワイス
出演:ロザンナ・アークエット、ラルフ・ベラミー、キャリー・フィッシャー、グリフィン・ダンetc

評価:75点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

「死ぬまでに観たいカルト映画101」に掲載されている『アメリカン・パロディ・シアター』を観た。本作は深夜テレビの雰囲気を映画にてパロディ化した作品である。『ケンタッキー・フライド・ムービーズ』に引き続き、数分のスケッチ・コメディをジャンル横断的脈絡もなく繋げていくオムニバスとなっている。

制作当時、監督のジョー・ダンテが『トワイライトゾーン/超次元の体験』の撮影中に発生した死亡事故による裁判によって公開が延期に延期を重ねていたことと批評家の評判が悪かったこともあり不遇な一本となっている。

しかし、メディアを取り巻く環境そのものをメタ的に取り組んだ作風は『グラインドハウス』に近い社会批評の側面があり、面白さとは別次元で重要な作品といえる。

『アメリカン・パロディ・シアター』あらすじ

A spoof of low budget 1950s science-fiction movies, interspersed with various comedy sketches and fake commercials making fun of late-night television.
訳:1950年代の低予算SF映画のパロディに、深夜番組を茶化した様々なコメディ・スケッチや架空のCMを織り交ぜた作品。

IMDbより引用

テレビ放送文化のパロディ

映画は架空のテレビ局WIDB-TV(8チャンネル)にて低予算SF映画「Amazon Women on the Moon(本作の原題と同じ)」が放送されている。しかし、放送事故によって映画は中断されてしまう。視聴者を引き留めるために、繋ぎのショート番組やCMが挿入される構成となっている。テレビ制作者の顔は見えないものの必死さが垣間見える。映像と映像を繋ぐ際には「CMはありません」と連呼しながらもミュージシャンの退屈そうなPRが挿入される。これがブルースの王であるB.B.キング(この繋がりかジョン・ランディス『ブルース・ブラザース2000』でも出演)なのが滑稽である。

挿入される映像は一般的な評価同様に玉石混交である。多くは出オチであるものの、冒頭の黒人が部屋の中で次々と死の危機に晒されるコメディは見事なカット捌きで漫画のような軽快さを持っている。パンを食おうとすれば腐っているらしく吐き出す。口を洗おうとするとネクタイが挟まり、死にそうになる。電源プラグに手をやると感電しといったように連鎖を重ねていき、最終的に窓から落下する。映画の面白さだけ求めているのであればこのパートを観て止めても良いだろう。

メタ的なネタでいえば、映画本編にて月を探索するクルーの移動のかっつが繋げられるのだが、低予算故にカメラ固定の同じ場所で、クルーの位置だけを変えて移動を表現している点が面白い。いかに本番組が低予算であるかを端的に示しているであろう。

ただ、この作品を令和に観ると、当時としてはいわゆるドパガキコンテンツである深夜テレビ、ドパガキのやる行為であるザッピングを風刺しているのだが、現代のドパガキからしたらあまりにも遅いだろう。なんといってもショート動画の時代は1分動画でこの手のことをやってのけてしまうからだ。また、こうしたものは個人の動画制作者がやるようなイメージがある。

たとえばVTuber瑠璃野ねもが制作した「【音量差注意】広告とASMRの概念が逆転した世界」では、我々がYouTubeを観る際に鬱陶しく思う広告をユニークな形で風刺している。ASMR動画の合間に広告が挿入されるのだが、その広告に視聴者が興奮し、本編に怒りを顕にする逆転でもって、2連続広告の不快さを笑い飛ばしている。ここで挿入される広告はカード会社から通俗なスマホゲーム、漫画広告といった一時の流行広告となっており、当時を表現する作品としてよくできている。

『アメリカン・パロディ・シアター』が真やテレビの雰囲気を風刺していたのが2020年代になるとYouTube文化で行われている。ここに面白さを見出したのであった。