『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ ワルプルギスの廻天』美大の卒業展か?

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ ワルプルギスの廻天(2026)

監督:宮本幸裕
出演:悠木碧、斎藤千和、喜多村英梨、野中藍、水橋かおりetc

評価:50点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

《魔法少女まどか☆マギカ》は『エヴァンゲリオン』『GTA』に並ぶ、新作出すよと宣言しては延期を繰り返す作品の筆頭であり、今回の作品は13年ぶりの新作となった。

本シリーズはわたしが高校生ぐらいの時に話題となった作品であり、可愛らしいヴィジュアルに反して鬱展開、グロテスクな展開がひたすら続くことでカルト的人気を博している。

【2012年新作邦画ベスト】
1.この空の花 長岡花火物語(大林宣彦)
2.劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 【前編】始まりの物語(新房昭之)
3.桐島、部活やめるってよ(吉田大八)
4.魔法少女リリカルなのはTHE MOVIE 2nd A’s(草川啓造)
5.黒部の太陽(熊井啓)※リバイバル上映
6.テルマエロマエ(武内英樹)
7.藁の楯(三池崇史)
8.夢売るふたり(西川美和)
9.渾身(錦織良成)
10.悪の教典(三池崇史)

【2013年新作映画ベスト】
1.横道世之介(沖田修一)
2.地獄でなぜ悪い(園子温)
3.そして父になる(是枝裕和)
4.中学生円山(宮藤官九郎)
5.みなさん、さようなら(中村義洋)
6.デッド寿司(井口昇)
7.草原の椅子(成島出)
8.劇場版 魔法少女まどか☆まぎか【新編】叛逆の物語(新房昭之)
9.凶悪(白石和彌)
10.東京家族(山田洋次)

私自身、アニメシリーズは見ていなかったものの劇場版はどっぷりのめり込み、当時の年間ベストに入れたほど気に入っていた。とはいえ13年も経ち、大分内容を忘れてしまった。今回の新作に併せて予習でもしようかと思ったのだが、多忙につき時間が取れなかったのでぶっつけで本作と向き合った。

結論からいえば「わけがわからなかった」。

劇中で「わたしはもう、ついていけないよ」という台詞があるが、それはこっちの台詞だと返したくなるほどに困惑しかなかったのだ。公式からはネタバレ制限令が敷かれていたものの、衝撃的な展開はないように思える。一応、ネタバレタグをつけて語るのだが、とにかくよくわからない一本であった。

『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ ワルプルギスの廻天』あらすじ

2011年1月〜4月に放送され大きな話題を集めたテレビアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」の劇場版第4作。2013年公開の「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 新編 叛逆の物語」の続編で、鹿目まどかへの想いゆえに自ら「悪魔」と化した暁美ほむらが作り出した世界を舞台に物語が展開する。

見滝原市の女の子たちの間では、この世の呪いと戦うことと引き換えに「トカゲさん電話」が願いをかなえてくれるという噂話がささやかれていた。その頃、ソウルジェムを持たない少女が魔獣狩りを行うという異常事態が続発する。その状況を悠然と眺める暁美ほむらは、この世界に君臨する悪魔としてすべてをほしいままにしているはずだったが、そんな歪んだ日常を終わらせる存在が突如として現れる。すべての魔女の始まりの場所である「名塚底根(なづかそこつね)」、かつてほむらを苦しめた複数の魔女の集合体「ワルプルギスの夜」、そして「円環の理」を求める2人の魔法少女。円環の理を失った世界で、魔法少女たちの運命は再び廻りはじめる。

キャスト・スタッフにはこれまでのメンバーが再結集し、総監督を新房昭之、脚本を虚淵玄、キャラクター原案を蒼樹うめ、アニメーション制作をシャフトが担当。

映画.comより引用

美大の卒業展か?

『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ ワルプルギスの廻天』は13年経ってもいまだに美術大学の卒業展をやっているような作品であった。超絶技巧の美術作品が、タッチを変えながら《まどか☆マギカ》の世界で展開される。個々の作品には強固な作家性が確立できていないもとい萌芽といった印象があり、また村上隆や『ひなぎく』、スタン・ブラッケージなどといった芸術作品の痕跡が見える。作家性の前に他の作家の影がチラつく未熟さが美大の卒業展といった比喩へと繋がってくる。

そんな世界の中で《まどか☆マギカ》の物語が展開されるのだが、私の知らないキャラクターが次々とさも元から主要キャラクターでしたと言わんばかりにグイグイと前へでしゃばる。どうやら、これはゲーム《マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝》のキャラクターらしい。そしてキャラ同士の関係性を起因とするバトルが始まるのだが、それは映画としてのうねりではなくソシャゲ的足し算によるうねりとなっており、物語としては「まどか/システム/構造への抗い」を一貫して貫き堂々巡りしているだけなので退屈に感じる。実際、途中で時計を見たらまだ1時間しか経過しておらず絶望的な気持ちになった。要は超絶技巧の美術演出でもって、小さな問答を2時間に薄く薄く引き延ばしており全く乗れなかったのだ。

まだ2012年のアニメ総集編の方が、キラキラした《魔法少女》の誘惑に負け、社会システムの奴隷となった者たちの葛藤と構造への抗いの物語として、映画になっている。現実においてもアイドルやコンサルなどといったキラキラした世界に憧れて入るも、実際には資本主義の肥やしとして消耗し、そういった世界から離れようとも一度入ったら最後、底なし沼に沈んでいく人は少なくない。そうした問題を魔法少女ものの構造へ位相をズラして描いた様に当時の私は無意識ながら惹かれていたように思う。だが、この作品は資本主義の構造に抗いながらも作品自体が資本主義そのものであり、ドーパミンを刺激する映像に複製された物語のフレームさえあれば人々の心を掴むことができる傲慢さを感じ取ってしまった。

社会システムを批判的に破壊していく作品として、最近『マラー/サド マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺』を観たばかりで、これを踏まえると濱口竜介『急に具合が悪くなる』も甘いなと考えてしまっている以上、本作は看過できない一本となってしまった。