アグロ・ドリフト(2023)
AGGRO DR1FT
監督:ハーモニー・コリン
出演:ジョルディ・モリャ、トラヴィス・スコット
評価:90点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
ハーモニー・コリンの全編サーモグラフィー映画”AGGRO DR1FT”が渋谷のPARCOにて一夜限りの上映が行われた。ハーモニー・コリンの新作というのに、あまりXでの告知が入ってこず、有識者のポストで気づき慌てて深夜にチケットを取った。最近、単発で急遽上映が決まるケースが増えている気がして、これも円安だったり疲弊している映画業界の苦肉の策なのかなと思う。
さて、先述の通り全編サーモグラフィーで描かれた作品だ。舞台挨拶では、悪魔のようなマスクをつけたコリンが登場し、ちょっと自信なさげに本作について語っていた。
「元々、映画を作る予定がなかったというよりか、映画作りに飽きてしまっていたのだが、メンバー内で新しい体験を模索する中で完成した作品。」
つまり、インスタレーション的意味合いが強い作品ということだ。このように聞くとテクニックに溺れた出オチ映画なんだろうなと思う。正直、あまり期待していなかったのだが、これが大傑作であった。なんだ、ちゃんと物語とユーモアとテクニックが板についているじゃんと思ったのだ。ということで、内容について語っていく。
『アグロ・ドリフト/AGGRO DR1FT』あらすじ
In this sensual experimental elegy by Harmony Korine, spellbinding infrared photography evokes a dreamlike portrait of a tormented assassin.
訳:ハーモニー・コリンによるこの官能的な実験的エレジーでは、呪術的な赤外線写真が、苦悩する暗殺者の夢のような肖像を呼び起こす。
フィルムノワール▷▷▷ムービーゲーミング
本作は、『ザ・キラー』に近い独白ギャグフィルムノワールである。主人公は、殺し屋であり、家族を養うために危険な暗殺任務をこなしている。ゴツイ戦闘服を纏い、重々しい足取りで威嚇しながら報酬を受け取るのだが、内心は「どうか動かないでくれ、なにも起きないでくれ」とひたすら祈祷をしている。小者感あふれるキャラクターなのである。そんな彼の前に巨人のような、悪魔のようなターゲットを暗殺するミッションが与えられる。映画は彼の心象世界を象徴するように、近くて遠いターゲットにおびえながらにじり寄る姿が描かれている。
『ザ・キラー』の場合、下手に『裏窓』や『サムライ』を引用したことで独白ギャグといった特性が水と油のように弾きあって演出に失敗していたように思える。対して、本作はリアルな心象世界の方法論としてサーモグラフィーやゲーミングPCのような移ろいゆく虹色、そして海外のライブで見られるディスプレイに映し出される巨像(=虚像)が嵌っている。
脳内の曖昧なヴィジョンの中で、明確な恐怖としてのターゲット。自問自答しながらターゲットへ近づくため、遅々としてアクションが行われない焦れったさ、いざ暗殺が行われるときはプロフェッショナルとして瞬殺していく手鮮やかさ。これらが、不安定に乱れる画面とマッチしているのである。2020年代にフィルムノワールがあるとするならば、それは《ムービー・ゲーミング》であるといった理論が慧眼に思えるほどに腑に落ちるものがあった。
そして、なによりもハーモニー・コリンのユーモアが爆笑級に面白い。突然、ターゲットが刀を日本持ちながらダサいダンスを始めたり、女の巨尻から花火がぶちまけられたり、ラストバトルでは刀を振り回す小悪党が謎にバイブスを上げていたりとジワジワ来る描写の回転寿司状態であった。
3,500円と強気価格な上映であったが、ハーモニー・コリンにも会えたので大満足であった。