【バス・ドゥヴォス】『Here』コケのmousseまで

Here(2023)

監督:バス・ドゥヴォス
出演:シュテファン・ゴタ、リヨ・ゴン、サーディア・ベンタイブ、セドリック・ルブエゾetc

評価:95点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

ゴースト・トロピック』のバス・ドゥヴォス監督がついに日本に上陸した。「シャンタル・アケルマンの再来」といわれているが、明らかにアケルマンとは空気感が違う。繊細な感情が震える決定的瞬間を優しく包み込むような作風である。確かに『ジャンヌ・ディエルマン』の決定的事件を捉える眼差しよりかは『オルメイヤーの阿房宮』や『囚われの女』のシームレスな移動撮影による感情の掬い上げの観点から「再来」としているのだろうけれども、より「移動」の観点から心理を掘り下げているように感じた。さて、『Here』を観たのだが、これが凄まじい映像体験であった。バス・ドゥヴォス監督作はPCでしか観たことがなかったのだが、ひょっとすると「音」の映像作家だったのかもしれないと感じずにはいられない作品であった。

『Here』あらすじ

世界的に注目を集めるベルギーの新鋭バス・ドゥボスが監督・脚本を手がけ、植物学者の女性と移民労働者の男性が織りなす些細で優しい日常の断片をつづったドラマ。

ベルギーの首都ブリュッセルに住む建設労働者の男性シュテファンは、アパートを引き払って故郷ルーマニアに帰国するか悩んでいる。シュテファンは姉や友人たちへの別れの贈り物として、冷蔵庫の残り物で作ったスープを配ってまわる。ある日、森を散歩していた彼は、以前レストランで出会った中国系ベルギー人の女性シュシュと再会し、彼女が苔類の研究者であることを知る。シュテファンはシュシュに促されて足元に広がる多様で親密な世界に触れ、2人の心はゆっくりとつながっていく。

2023年・第73回ベルリン国際映画祭エンカウンターズ部門にて最優秀作品賞&国際映画批評家連盟賞(FIPRESCI賞)をダブル受賞した。

映画.comより引用

コケのmousseまで

ビルの工事現場。煙が逃げ場を求めて屈折する。ドリルの音、液体の滴る音、資材を運んでいるのだろうか、階段を降りる音。それが止まった時、男は地上へ降り立つ。

「Bonne vacances(良い休暇を)!」

と言い合う移民労働者たち。公園でピクニックのように食を共有し、解散、ひとり、またひとりとバスから降りていく。男は冷蔵庫を確認する。腐りかけの野菜を選別し、「あまりもの」のスープを作る。そして点から点へと水平移動しながら、仲間に配給していく。そんな中、コケを研究する中国人女性と出会い、束の間の親密さが生まれていく。

本作は緻密に計算された運動方程式により、移民労働者の微かな喜びを捉えていく。バス・ドゥヴォス監督が発見した方程式の新鮮さと美しさを、彼が与えた聴覚/視覚の顕微鏡によって目撃することとなる。上から下への音の垂直運動/スープを持った男の水平運動、コケ研究者の下への眼差し/男の横への眼差しを交差させる。その繋ぎ止めとして、雨、見上げたショットの圧倒的華麗さの前に涙が出てきた。

『Violet』で監視カメラやGoogleMapsといった様々な媒体を用いて人間心理を紐解こうとしてきたバス・ドゥヴォス監督が見つけた今回の顕微鏡。我々が無意識に移民労働者=大変な人とバイアスをかけてしまっているところに修正パッチをあてていく。我々が無関心、下手すれば「汚い」と思ってしまうコケの美しさと連動する移民労働者の小さな物語に圧倒されたのであった。

※映画.comより画像引用