【ヴィタリー・カネフスキー特集】『ひとりで生きる』かろうじて成立する空間

ひとりで生きる(1991)
Самостоятельная жизнь

監督:ヴィターリー・カネフスキー
出演:ディナーラ・ドルカーロワ、パーヴェル・ナザーロフetc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

2024年最初はヴィタリー・カネフスキー特集で幕を開けた。『ひとりで生きる』を観たのだが、これが想像以上に凄まじい作品であった。

『ひとりで生きる』あらすじ

ロシアの平原を歩く馬と男の映像にカネフスキーの声が呼びかけられ、フィルムは逆転する。ロシアの軍隊に引率されるワレルカ(パーヴェル・ナザーロフ)と2年前に死んだ彼のかつての恋人ガリーヤの妹ワーリャ(ディナーラ・ドルカーロワ)。村ではワレルカのペットの豚マーシャが殺され、その晩の宴会で食卓に上がる。ワレルカは外に出、スターリンやレーニンの旗を眺めつつワーリャとふざけあう。職業訓練学校でダンス・パーティが開かれる。ワレルカは少女が男子生徒達を「お相手」している部屋へ行く。それをみたワーリャは怒って去る。そこへ来た校長はワレルカに退学を命じるが、自分も少女と「お手合わせ」してしまう。ワレルカは日本人捕虜、ヤマモト(ワタナベ・トシヒロ)と度々会い、日本のことを聞く。ワレルカはワーリャと会い、納屋で抱きあった後、故郷スーチャンを離れる。旅先で働きながら、伯母の家を訪ねるワレルカ。そこには女性だけの家族の隣人しかおらず、彼はその家族の世話になる。彼女らとモスクワへ行くためにワレルカが船に乗りこむと、そこにワーリャが現れる。久しぶりの再会を喜ぶワレルカだが、ワーリャは一人カムチャッカ行きの船に乗る。放送で一人の娘が海に飛び込んだという知らせが聞こえる。後に残されたワレルカは死んだガリーヤと対面し、ユダヤの星を胸に抱きつつ海を泳いで行く。

映画.comより引用

かろうじて成立する空間

雪の荒野を歩く集団。一人が強制的にマスターベーションさせられる。ワレルカはやがて職業訓練学校に流れ着く。そこは無法地帯となっており、先生は隙あらば女子学生をレイプしており、そんな先生に水をぶっかけるようなことが行われていた。そこでの立ち回りを誤り、退学させられた彼は再び荒野へと放たれるのであった。『動くな、死ね、甦れ!』では、秩序と混乱が入り乱れる混沌が描かれていた。本作では空間論の映画としてソ連社会の混沌を磨き上げた形で見つめ直している。序盤に開かれた空間としての荒野、閉じた空間としての学校を提示する両者とも人々との繋がりは希薄で、その場限りのものとなっている。『動くな、死ね、甦れ!』における、群れが突然形成され剥き出しの暴力が行使され去っていく構図を、開閉双方のアプローチから描いていくのである。双方の世界で居場所を失った彼は荒野に放たれサバイバルすることとなる。顔の見えないヤマモトの影が自由な生き方を象徴する中、ワレルカは点から点へと歩いていく。その道がいかにイバラであることは、運動に彼を乗せないことで強調される。廃車同然となった列車で暖を取る、船に乗り遅れるといった行為がそれに該当する。対照的に、無関係なように船に乗り牧歌的な空気感の中縄跳びをする群衆が提示される。『動くな、死ね、甦れ!』の続編でありながら、記号としての運動を的確に配置する落ち着いたタッチへと変わっており、ヴィタリー・カネフスキー監督の冷静さが窺え好感が持てる。それでもってあのラストだ。火だるまになるネズミ、そして明らかな事故である大爆発。あまりにも衝撃的で、ありきたりな着地にはしないぞという強い意志を感じさせるクライマックスに衝撃を受けたのであった。個人的にカネフスキーベストは本作である。