上飯田の話(2021)
監督:たかはしそうた
出演:竹澤希里、本多正憲、吉田晴妃、黒田焦子、日下部一郎、生沼勇、荒川流(荒川ユリエル)etc
評価:90点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
ポレポレ東中野で上映されている『上飯田の話』が面白いと聞きつけ、行ってきた。ここ最近の日本映画界は中編映画が熱い。昨年だと『ナナメのろうか』がユニークな空間の使い方をしていて面白かった。本作は、団地映画である。日本における団地映画は独特な空間の使い方をしていて興味深い。マンション映画とはまた違う。マンションを舞台にした作品は上昇/下降を意識させた作りをする傾向がある。『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』では、下界の猥雑さに耐えきれず引きこもった者が再び下界に降り立つ挿話があった。『空に住む』では、天国のようなフワフワした空間から仕事をするために下界に降り立つ描写が強調され、『マイレージ、マイライフ』における飛行機の役割をマンションの高層階に割り当てていた。『そして父になる』では、階級差をマンションと地上の家の対比で表現していた。
一方、団地映画の場合は個人の生活が団地という空間により単一化されてしまう様子から個人を紐解く演出が多いように思える。『耳をすませば』のように団地の姿を魅せてから個人の翳りにフォーカスを当てる演出から『壁の中の秘事』のように部屋に押し込まれる主婦の息苦しさを捉えていく演出と群としての団地像と個の関係を描区ことが多いと考えられる。
そう考えた時、『上飯田の話』は団地における公共の場に目を向けた。清原惟が『ひとつのバガテル』が捉えようとした面をさらに拡張深化させたような作品に私は感銘を受けたのであった。
『上飯田の話』あらすじ
神奈川県横浜市泉区にある上飯田町を舞台に、3編のショートストーリーから町の風景やその町に暮らす人びとを描いたオムニバス。
乾物屋で働くマコトの依頼で生命保険営業のヒロコが訪問するが、なぜかマコトがヒロコに高慢な態度で迫る「いなめない話」、自分の結婚式に仲の悪い兄ツヨシに出席してもらいたいショウだったが、兄は頑なに出席したくないと言う「あきらめきれない話」、知らない場所に行き、そこでの生活を想像するナオキが上飯田町を写真に撮っていた時に出会った乾物屋のマコトとの奇妙な関係を描いた「どっこいどっこいな話」の3話から構成。
監督は本作が初の劇場公開作となる、たかはしそうた。上飯田町はたかはし監督の祖父母が暮らしていた地で、現地の人びとと交流しながら製作し、実際に町で生活している人びとも出演している。
親密になる場所は家の中だけではない
保険の営業に来た女性は団地の前で靴を履き替える。仕事なので本心を隠す必要がある。象徴的なシーンから始まる彼女は乾物屋の店主と共に公園へとやってくる。そして保険の営業が始まるのだが、覚えてきた専門用語、フレーズを羅列するだけで相手に全く伝わらない。不毛なやり取りが続く中、カメラは360度パンを始める。我々の想像する公園は、子どもたちが遊ぶ場所であろう。しかし、団地にある公園はがらんとしている。辛うじて老人がキャッチボールをしているだけだ。心が通う場所としての公園が、空っぽとなり、心通わぬ場所になりかけていることを暗示するのである。
それを踏まえた上で第二話、第三話が展開される。第二話では、兄に自分の結婚式に来てほしいと懇願する話である。舞台は主に家の中/車の中である。どちらも映画において本心が吐露されるような場所である。しかし、映画ではどちらの場も親密は生まれず、最終的に公園が親密さを生み出す舞台装置に化けるのだ。第三話では、団地の写真を撮る風変わりな青年が、商店街の人に話しかけられ、親睦を深めていく。団地という無機質な空間、コミュニケーション不全となったかのように見える寂れた団地の中に残る心温まる対話の場を捉えていく。
この寂れた団地の冷たさとその中にある温もりを捉える中で、独特なカメラワークが用いられる。例えば、乾物屋に保険の営業が来る場面。直接、バックヤードに行けば良いものの、一旦売り場に向かい様子を見ながら店主に話しかける。これを、固定のショットから機械的に左、右とカメラを動かす。ドライなカメラワークで人物を捉えていく。一方で、第三話では幽霊が彷徨うかのような動きで団地を歩く様子が主観で描かれる。どちらも、人間味から乖離したような動きに思える。その中で、人間味のある対話を描くことで、団地の中のある視点がくっきりと浮かび上がるのだ。たかはしそうた監督のユニークな視点がとても面白かったので、今後注目していきたいところである。
※映画.comより画像引用