アダマン号に乗って(2022)
原題:Sur l’Adamant
英題:On the Adamant
監督:ニコラ・フィリベール
評価:70点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
第73回ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したのはシンプルなドキュメンタリーであった。『音のない世界で』で知られるニコラ・フィリベール監督が、フランス・パリにあるデイケアセンター「アダマン号」にフォーカスを当てた作品だ。コンペティション作品が発表された際に「製作:フランス・日本」とあって不思議だった。調べてみると配給会社のロングライドが共同製作になっているとのこと。今回、ロングライドさんのご厚意で一足早く鑑賞したので感想を書いていく。
『アダマン号に乗って』概要
「ぼくの好きな先生」「人生、ただいま修行中」などで知られるフランスのドキュメンタリー監督ニコラ・フィリベールが、パリのセーヌ川に浮かぶデイケアセンターの船「アダマン号」にカメラを向けたドキュメンタリー。
パリの中心地・セーヌ川に浮かぶ木造建築の船「アダマン号」は、精神疾患のある人々を迎え入れ、文化活動を通じて彼らの支えとなる時間と空間を提供し、社会と再びつながりを持てるようサポートしている、ユニークなデイケアセンターだ。そこでは自主性が重んじられ、絵画や音楽、詩などを通じて自らを表現することで患者たちは癒しを見いだしていく。そして、そこで働く看護師や職員らは、患者たちに寄り添い続ける。誰にとっても生き生きと魅力的なアダマン号という場所と、そこにやってくる人々の姿を、フィリベール監督によるカメラが優しいまなざしで見つめる。
2023年・第73回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品され、最高賞の金熊賞を受賞。2003年の「パリ・ルーヴル美術館の秘密」以降のフィリベール作品を日本で配給してきたロングライドが共同製作。
守らなければいけない小さな船
パリ・セーヌ川には船がたくさん停泊しており、多くはカフェとなっている。しかし、本作で登場する船はデイケアセンターとして使われている。デイケアセンターに限らず、介護センターや病院は一日中、老人や障害を抱えている人を狭い空間に留めておくイメージが強く、閉塞感と紐づいている。しかしながら、この作品のデイケアセンター「アダマン号」は様子が違う。個性的なファッションで、「やってきたよ」と友だちの家に来る感覚で人々が集まるのだ。船の中の個室にはバンド・デシネや楽器などがあり、自由に過ごしている。絵を描くワークショップでは、吃音と思われる人が、それに後ろめたさを感じることなくイキイキと自分の絵について解説する。
そんな「アダマン号」では自由を確保するために、力を入れていることがある。それはディスカッションだ。自分が何をやりたいのか、どうあるべきなのかを言語化するため、頻繁に会議が行われる。一般的に会議とは、時間内にとある議題に対して結論を急ぐ傾向があるが、ここでは個人の意見に歩み寄り、それを解決するためにはどうしたら良いのかについて時間をかけていく。新型コロナウイルスのワクチン接種に関する不安もここで解消されていく。
本作を観ていくと、合理化/効率化の名の下に時間や形式に人々が縛られてしまっていることに気付かされている。老衰や障害によって、生きにくくなった人が、何不自由なく暮らすためにはこのような自由や形式から解き放つ必要があるのだが、それは難しい。そして、ここに通う人の会話の片鱗からは病院や刑務所の閉塞感に対する恐れが滲み出ている。
自由と平和のユートピア、最後の砦として映る「アダマン号」のありのままを捉えた良質ドキュメンタリーであった。
日本公開は2023/4/28(金)新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開。
第73回ベルリン国際映画祭関連記事
・『The Survival of Kindness』ロルフ・デ・ヒーア監督が描く終末世界とは?
・<考察>『すずめの戸締まり』“移動”と“落下”から観る新海誠論
※映画.comより画像引用