メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界(2022)
著者:バーチャル美少女ねむ
おはようございます、チェ・ブンブンです。
2022年は、VTuberの世界に出会ったことで自分の価値観に大きな影響を与えてきた。元々、デヴィッド・クローネンバーグの肉体と精神に関する考察映画が好きだったのだが、VTuber物述有栖のASMR動画に出会ったことから現実世界にもクローネンバーグ映画のような空間があることを知り、どっぷりとのめり込んだ。VTuberの世界を追っていくと、映画業界と全く違う文化圏を有しており、閉鎖的で停滞する映画業界を解放するヒントが隠されている気がした。例えば、映画業界は映画を切り抜いてストーリーを10分程度にまとめるファスト映画が問題視され業界で検挙するに至った。しかし、VTuberの世界では切り抜き動画は野放しにしており、なんなら宣伝に使用したり、切り抜き職人を公式として採用するケースまで存在する。
※内容がかなりハードなので閲覧は自己責任でお願いします。
具体的な話をすれば、にじさんじのVTuber鈴鹿詩子は、「マツコの知らない世界」を意識した切り抜き動画を作った木城キキに依頼を出し、公式の切り抜き動画を制作した。著作権の話は横に置くとして、対応が全く異なる。映画業界はここ数年、コミュニティ作りに力を入れているようでTwitterのスペース機能やClubhouseを活用し始めているが、正直成功しているとは思えない。どのようにすれば、映画ファンのコミュニティができて映画業界が活性化するかを考えたときに、VTuberの動向はヒントになると言える。何故、壱百満点原サロメが2週間でYouTubeのチャンネル登録者数が100万人に突破したのか?何故、個人勢VTuberのぽんぽこチャンネルが「にじさんじ」のライバーとコラボできるのか?小さな疑問を読み解いていくと、アイデアが浮かぶと思い、最近はVTuber動画を毎日観て分析しているのである。
閑話休題、今回は最近よく聞く「メタバース」とは何かを学びに「メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界」を読んだ。VTuberとして、そしてメタバース文化エバンジェリストとして活動しているバーチャル美少女ねむが当事者としてメタバースについて解説した本である。実際にソーシャルVR内でアンケートを取ったりインタビューを行ったりして、当事者の生の声から分析した本となっており、これが非常に面白かった。
「メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界」概要
メタバースでは「新たな人類」が文化を築きつつある――期待が膨らむメタバースの本当の姿、そして真の可能性とは? 仮想現実世界の住人が物理現実世界の私たちに伝える、衝撃のルポルタージュ!
Meta(旧Facebook)の事業計画と社名変更の発表以来、注目度が急上昇した「メタバース」。本書は、特にソーシャルVRに焦点をあてて、メタバースについて解説します。ただし、単なるソーシャルVRの概説ではありません。メタバースが人間の在り方を劇的に進化させる可能性を考察する、仮想現実住民である著者が物理現実に住む私たちへおくるディープで刺激的な「別次元のルポルタージュ」です。
前半では現状の主なソーシャルVRサービスの概要の紹介や、VRゴーグル、トラッキング、アバターといった関連技術の簡単な解説を行います。現在最もメタバースを実現していると考えられる「ソーシャルVR」とはそもそもどのような世界なのでしょうか? 住民ならではの視点で基本的な事項をわかりやすく整理します。
後半では、ソーシャルVRユーザーへのアンケート調査や著者本人の経験にもとづき、アバターをまとうことによるアイデンティティやコミュニケーションの変化を考察します。また、アバターと事実上無限で自由な空間性に注目して、経済分野における可能性も指摘します。これらを通じて、肉体や空間に縛られてきた人間社会がメタバースによって劇的に変化しうること、そしてそうした「進化」の萌芽が現在のソーシャルVRにはすでにみられることを論じます。
仮想現実では多くの人が「美少女」になる?
アバターをまとった人間同士の恋愛関係が生まれる?
存在しないはずの「しっぽ」を触られたと感じる人たちがいる?
――本書が扱う内容は仮想現実の文化のほんの一側面にすぎません。物理現実とは違った「別の現実」の在り方を目撃してください。
肉体から解放された世界を学ぶ
現実は、宿命のように精神に密着した肉体と共に生きる必要がある。定められた物理法則、定められた仮面に従い自分を演じる。しかしメタバースの世界では、肉体はもちろん、物理法則ですら自ら作り出すことができる。人類は、肉体からの制約から今や解放されつつあるのだ。私がその可能性を知ったのは、VTuberでびでび・でびるの3D配信だった。小さな悪魔をイメージしたこのVTuberはふわふわとシームレスに画面を駆け回り、鈴原るるなどといった人型のVTuberとコラボしていく。仮想世界の中では姿形を容易に変えられ、対話が可能だということが証明されていたのだ。
「メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界」は当事者としてさらに深い層での、精神が肉体から解放されることにより発生する感覚の変化について語っている。「ファントムセンス概論」の章では、VR中に体験中に抱く擬似的な感覚について解説している。現実には落下していないのに、VRの世界で落下すると、ゾワッとした感覚を抱くのだそう。また風を感じるのもファントムセンスの一つだとのこと。言われてみれば、物述有栖のバレンタインデーASMR動画をイヤホンで視聴した際に、まるでベッドの横に彼女がいて耳元で囁かれる独特な感覚を抱いた。恐らく、これがファントムセンスだろう。
そして、私がVTuberにハマるきっかけとなった物述有栖が5時間自分の心音を聴かせ続けるASMR動画が何故10万再生もされているのかのヒントもファントムセンスが絡んでいるように見える。本書のコラムにてVRゴーグルを被ったまま寝る文化について言及されている。まるで修学旅行のようにすぐそばに友人がいる状況を作り出し、睡眠導入を行うとのこと。アンディ・ウォーホルが『SLEEP』で5時間近く寝ている人を映したり、ギー・ドゥボールが映画におけるスペクタクルを批判するために、映画から画を奪った『サドのための絶叫』を作った状況とは大きく変わった現象であることがよく分かる。物述有栖が5時間に渡って横たわる動画がこうも再生され、コメント欄も「助かる」の声が多いのは「空間」を作ったことが大きいだろう。画は確かにほとんど動かない。視聴者の多くも、睡眠導入剤として使うため、ほとんど画を観ないだろう。しかし、瞳を開ければそこに彼女がいる。この空間が重要なのだ。瞳を開ければ友達が、恋人がいる。その状況が孤独を癒す。だからこそ人気を博しているのだろう。私はメタバースにはまだ参加したことないが、VTuberの動画から紐解きイメージがついた。
また、このような感覚は独特な恋愛感情にも波及している。物理的な性別から解放されるメタバースの世界で親密となり恋愛関係に発展するケースがある(俗に言う「お砂糖」)。しかし、現実においても恋愛関係にあるかといえば、VRChat内での調査によれば68%がNOと答えている。とは言え、メタバース上ではお砂糖の関係であるが、現実では友人同士だった者が、現実で対話をするうちに恋人同士になる例もあったりする。この距離感はなんとなく分かったりする。
私の推しである物述有栖の配信を観ていると、非常に距離感が近い。そして、毎日のように配信を観るくらい好きだが、現実では会いたいと思わないし、ましてや物理的姿として会うのは精神的にもたないので強い抵抗がある。あくまで仮想の中だけの関係性でいたいものがあるのだ。
さて、本書は単にメタバースの良いところを宣伝するだけのものではない。様々な課題と、それを通じた2020年代の職業像にして提唱されている。単にメタバースに参加するためのコストが高い話に止まらないところに学びがある。まず、なんといっても自分の理想のアバターや声を作る難易度が高いということだ。ゲームエンジンUnityなどを使ってアバターの造形を生み出していくのだが、そこにはある種プログラミングの知識や、絵心などといった複合的なノウハウが必要となっており簡単に理想の造形を生み出すことができない。例え、アウトソーシングしたとしても、複雑な設定をする必要があるらしいのだ。また、メタバース内での通貨のやり取りには国際的に課題があるとも語っている。
課題があるということはそこにビジネスの可能性があり、例えば服などといった造形を作る人やメタバース内での空間を設計する人は今後求められると語っている。確かに、メタバース界隈にて建築に造詣が深い人を求めているツイートを数ヶ月前に目撃した。
メモ程度の走り書きとなってしまったが、「メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界」はVTuberやメタバースなどに興味がある者にとって最良の書であった。映画業界においてどのように活用できるかはもう少し考える必要があるが、買ってよかった。
※Amazonより画像引用