夜を走る(2021)
監督:佐向大
出演:足立智充、玉置玲央、菜葉菜、高橋努、⽟井らん、坂巻有紗、山本ロザ、信太昌之、杉山ひこひこ、あらい汎etc
評価:90点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
何言ってもネタバレになるヤバい映画だと評判だった『夜を走る』を観にシネマート新宿に行ってきました。序盤こそ、よくあるインディーズ映画かなと思っていたのですが、想像の斜め46度を駆け抜ける修羅場映画でめちゃくちゃ面白かった。確かに、これは何も知らない方が楽しめる作品だ。本記事はネタバレありで感想を書いていく。間違っても観賞前に読まないように。
『夜を走る』あらすじ
「教誨師」の佐向大監督がオリジナル脚本で撮りあげた社会派ドラマ。郊外の鉄屑工場で働く2人の男。不器用な秋本は上司からも取引先からもバカにされながら、実家で暮らしている。一方の谷口は家族を持ち、世の中をうまく渡ってきた。それぞれ退屈で平穏な日常を送る秋本と谷口だったが、ある夜の出来事をきっかけに、2人の運命は大きく揺らぎはじめる。無情な社会の中で生きる人々の絶望と再生を、驚きの展開で描き出す。「きみの鳥はうたえる」の足立智充が秋本、舞台やドラマを中心に活動し「教誨師」で映画初出演にして注目を集めた玉置玲央が谷口を演じる。共演には「夕方のおともだち」の菜葉菜、「罪の声」の宇野祥平、ドラマ「孤独のグルメ」の松重豊ら個性豊かな俳優陣が集結。
クズ鉄工場のクズたちはクズ哲学で修羅場を切り抜けられるか?
このクズ鉄工場で働く労働者たちは、未来に希望も見出せず、仄暗い空間で労働に励み、休日はフィリピンパブで豪遊をしたりして時間を過ごしている。秋本(足立智充)は営業回りをするものの、中々案件を得ることができない。スマホを見ると、アメリカで銃乱射事件が起きているが、それは彼にとって遠い世界のフィクションでしかない。今日も上司に怒られた。まさか、この時はアメリカの銃乱射事件に匹敵する惨事が巻き起こるとは思いもよらなかった。
ある日、同僚の谷口(玉置玲央)と飲んだ帰りに、営業でやってきた女性・橋本(玉井らん)と遭遇する。これはチャンスだと谷口が飲みに誘い酔わせて行為に至ろうとする。その騒動の中で、秋本は彼女を殺してしまうのだ。本作が面白いのは、すぐにバレてお縄になりそうな杜撰さを持つ死体隠しという修羅場が、絶妙なタイミングの一致によって、日常が続いてしまうところにある。上司に罪をなすりつけるため、彼の車に死体を積み込む。翌日、上司が面倒役と一緒にゴルフへ行こうとすると車から死体が発見される。これで事件は収束に向かうのかと思いきや、クズ鉄回収の中国人に処理を依頼し始め事態を悪化させていく。
ただここまでだったら、ありふれた修羅場映画だろう。スマホの先にある銃乱射事件レベルの惨劇だ。しかし、現実の惨事はスマホで知った気になっている惨事以上のものであると物語が高速回転し始める。
橋本の割れたスマホからの着信を受け取った秋本は、何故か宗教団体に行く。そこで待ち受けているのは宇野祥平演じる、教祖だった。ニコニコ悟ったような顔をしながら突然、秋本をビンタしはじめ、そのパフォーマンスの熱気に飲まれて洗脳されてしまうのだ。橋本を殺した罪意識を持っている彼にとって、誰かを救うことは贖罪を意味する。彼は贖罪への渇望をエネルギーに、この団体に浸かり、フィリピンパブの女性を救済することで自分の中にある痛みを浄化しようとするのである。だが、居場所としての宗教を必要としていない彼女はそれを拒絶し、それがきっかけで秋本は団体から追放されてしまう。
この追放のシーンがまた強烈であり、秋本追放派が騒ぎ立てると教祖が「民主主義的に多数決をとりましょう」と言う。秋本を追放すべきだと思う人と挙手を求めると4人くらいしか手を挙げていない。明らかに彼は追放されない展開となっている。しかし、いざ秋本は残留すべきだと思う人と挙手を求めると彼以外誰も手を挙げないのだ。大勢が投票を棄権したことで彼が追放される。この演出に痺れた。しかも、この展開を一つのスペクタクルとして消費するのではなく、フィリピンパブの従業員が団体の信者であることが発覚し、秋本を守れなかった罪滅ぼしに拳銃を与えるのだ。
終盤は、ひたすら我々の予測を裏切るアクションと展開で進行し、惨事を発展させていく。クズがクズ哲学でどうにもならない混沌に巻き込まれた時、そこにはサラリーマンという仮面から解放される。人間的振る舞いを失うのと引き換えに秋本は自由を手にした。なんて皮肉な映画なんだ。
佐向大監督の今後に注目である。
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※映画.comより画像引用