ハケンアニメ!(2022)
監督:吉野耕平
出演:吉岡里帆、中村倫也、柄本佑、尾野真千子、工藤阿須加、小野花梨、高野麻里佳、前野朋哉、古舘寛治、徳井優etc
評価:80点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
アニメ業界を描いた辻村深月の同名小説の映画化『ハケンアニメ!』が公開された。漫画業界を描いた『バクマン。』の映画版が好きな私にとって、同じ面白い香りを感じたので観てきたのだが、これが想像以上に高解像度な人間ドラマになっており、人によってはトラウマレベルでハードな作品でありました。
『ハケンアニメ!』あらすじ
直木賞作家・辻村深月がアニメ業界で奮闘する人々の姿を描いた小説「ハケンアニメ!」を映画化。地方公務員からアニメ業界に飛び込んだ新人監督・斎藤瞳は、デビュー作で憧れの天才監督・王子千晴と業界の覇権をかけて争うことに。王子は過去にメガヒット作品を生み出したものの、その過剰なほどのこだわりとわがままぶりが災いして降板が続いていた。プロデューサーの有科香屋子は、そんな王子を8年ぶりに監督復帰させるため大勝負に出る。一方、瞳はクセ者プロデューサーの行城理や個性的な仲間たちとともに、アニメ界の頂点を目指して奮闘するが……。新人監督・瞳を吉岡里帆、天才監督・王子を中村倫也が演じ、柄本佑、尾野真千子が共演。「水曜日が消えた」の吉野耕平が監督を務めた。劇中に登場するアニメは「テルマエ・ロマエ」の谷東監督や「ONE PIECE STAMPEDE」の大塚隆史監督ら実際に一線で活躍するクリエイター陣が手がけ、そのキャストとして梶裕貴ら人気声優が多数出演。
このアニメは血と涙でできている!
デート中にもかかわらず呼び出されて、夜な夜な雑誌の表紙画を書かされる者。インタビューや写真撮影に駆り出される者。無茶な要望を通すため、頭を下げに東奔西走する者。地獄の黙示録のような凄惨なアニメ現場を最初からフルドライブで魅せていく。我々が何気なく観ているアニメが血と涙でできた結晶であることを叩きつけられ、現実はもっとマイルドだよねと祈りたくなる。こういう時、虚構としての天才像を観て逃避したくなるのだが、この映画においてそれは許されない。ライバルとして登場する「運命戦線リデルライト」監督の王子千晴(中村倫也)もまた天才ならではの苦悩を持っており、本作は深く歩み寄ることになる。天才として社会に祭り上げられる、しかしそこには強烈なプレッシャーがある。確かに、画は瞬時に生み出せる。しかし、その才能と無から創造し社会から賞賛の声を浴びることは全くの別物だ。表面上は飄々としているが、その裏側には孤独の荒野が広がっており、描くことでしか進まないのだ。
一方で、斎藤瞳(吉岡里帆)は「サウンドバック 奏の石」の監督に抜擢され、憧れだった王子千晴と覇権争いをすることになるが、現実は曲者揃いの現場統制に振り回されて思うように動かない。数値で話すべき者、感情で話すべき者、相手によって言語を瞬時に切り替える必要があり、とっくのとうに精神が崩壊し、鬱の兆候すら見えている。だが、ここで失敗したらもうアニメは作れないかもしれない。公務員を辞めてまでなったアニメーターの夢が断たれてしまうので前に進まないといけないのだ。
本作は、狂乱のアニメ業界で人間を失った者たちの暴力的なまでの現場が描かれており、その暴力の連鎖が生々しく描かれている。特記すべきは柄本佑演じるプロデューサー行城理だろう。ビジネスに飼い慣らされ、人を駒や数字としてしかみていないような彼は、徹底的に瞳を痛ぶる。彼女に作業させないように、次々と案件を捻じ込み、議論の術中に嵌めて怒りを引き出し、冷たく斬り捨てる。ビジネスのためなら下品な広告も打ち出し、彼女を幻滅させるのだ。
しかし、そのような暴力は無意識のうちに彼女に感染していき、客寄せパンダ的扱いとして起用されたアイドル声優へ加害を与えてしまい、いつしかボロボロになりながら行城理の行為を肯定し始めるのだ。一応、映画的なフォローとして行城理が段々心を開いていくような描写があるのだが、明らかにDV加害者とやっていることが同じであり戦慄した。ではこの映画はハラスメントを肯定する映画なのか?それは違うと思う。確かに、強烈な描写が多い。夢の下にある多大な犠牲を描いている。特に、瞳に降りかかることは女性ならではのものも少なくない(裏で陰口言っている癖に味方ヅラしてボディタッチしてくる描写等)。しかし、一つ一つの描写を積み上げていくことで、組織批判としての役割を果たしているといえる。思い返せば、私だってハラスメント気質な先輩に飼い慣らされた結果、彼の思考をコピーして部下に同様の圧力をかけてしまったことがある。資本主義の中で、数字や納期に追われて人間を失った者の加害と被害。本作は人の振り見て我が振り直せと脳に直接語りかけているのかもしれない。
※映画.comより画像引用