ロスト・ドーター(2021)
原題:E STATA LA MANO DI DIO
英題:The Lost Daughter
監督:マギー・ギレンホール
出演:オリヴィア・コールマン、ジェシー・バックリー、ダコタ・ジョンソン、エド・ハリス、ピーター・サースガード、ポール・メスカル、オリヴァー・ジャクソン=コーエンetc
評価:85点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
Netflixでマギー・ギレンホール初監督作『ロスト・ドーター』が配信された。第78回ヴェネツィア国際映画祭コンペティションに選出され、デビュー作ながら脚本賞を受賞する快挙となった本作、Netflix配給映画だけに少し不安だったのですが、これがデビュー作とは思えぬ重厚で貫禄ある作品であった。
『ロスト・ドーター』あらすじ
「クレイジー・ハート」などの女優マギー・ギレンホールが長編監督デビューを果たしたヒューマンドラマ。エレナ・フェッランテの小説を基にギレンホール監督が自ら脚本を手がけ、2021年・第78回ベネチア国際映画祭で最優秀脚本賞を受賞した。海辺の町へバカンスにやって来た中年女性レイダは、ビーチで見かけた若い母親ニーナと幼い娘の姿に目を奪われる。母娘の関係に動揺したレイダは、かつて自分が母親になったばかりで恐怖と混乱に満ちていた頃の記憶に押しつぶされそうになり、心の中の不気味な世界へと迷い込んでいく。出演は「女王陛下のお気に入り」のオリビア・コールマン、「フィフティ・シェイズ」シリーズのダコタ・ジョンソン、「ジュディ 虹の彼方に」のジェシー・バックリー。Netflixで2021年12月31日から配信。
母親の呪縛、私は干渉したい
バカンスにやってきた女レイダ(オリヴィア・コールマン)。彼女が浜辺でくつろいでいると一人の若い女性に釘付けとなる。家族で来ているのだろうか、男たちはキャッキャ海で遊んでいる横で、娘をあやすその存在をジッと見つめる。何か言いたげに。だが赤の他人だ。声はかけない。チャラい男たちに雑絡みされる彼女に対して、老いたレイダに声をかける男はあまりいない。よってきてもどうでもいい朽ち果てた下心に満ちた老人と、リゾート地で働く青年だけだ。彼女が歩くと、空から松ぼっくりが落ちてきて、背中を負傷する。ヨロヨロしながら、孤独なバカンスを過ごす。彼女はすっかり老いてしまった。そんなある日、例の母親が娘の名前を叫び始める。娘が行方不明となる。不安になる彼女を助けたことで、二人は接するようになる。と同時に、レイダの過去が明かされていく。
本作は、女として生きることの重圧を繊細にかつ深いところまで描いている。子供を授かれば、その時点で母親としてのアイデンティティが備わる。夫はロクに育児を手伝わず、仕事だけに専念する一方で、彼女は育児と仕事の人格を目まぐるしく切り替えないといけない。そして、キャリアは閉ざされてしまう。講演会で彼女が壇上を見つめる眼差し、下手くそな講演に向けられる眼差しは、本来であれば自分が輝けたであろう世界で男が雑に動き回っていることへの辛さが滲み出ている。
本作はとにかく、こうした眼差し。可視化されてこなかった女性の抑圧された眼差しをひたすら叩き込んでいく。例えば、映画館でのシーン。若者が暴れ回っていて、注意すると「クソババア」と罵られる。映画を観たいのに、一度出て損するのは自分だ。それに対して屈強な男が「黙れ」というと一瞬で静かになる。女と男の明らかなパワーバランスの不平等さが象徴的に描かれている。
一方で、いつの間にかもう誰も注目してくれなくなってしまった状況を拭い去ろうと他者へ干渉してしまう姿も描かれる。それが若き母親との関係で、自分の育児経験を彼女に伝えようとしたり、赤の他人である彼女の面倒をみようとするところに現れる。本作におけるレイダの干渉は、現実でよく見かけるタイプの干渉と比べると弱い気がする。でも、それはレイダが育児を通じて社会から抑圧される女性の連鎖を断ち切ろうとしているように見える。
2010年代後半から2020年代にかけて女性視点の表象の解像度がドンドン上がっていく。その中でも重要な作品と言えよう。
P.S.結婚し、子供を持つ者が「結婚はいつするの?子供は?」ときいてくるのが割とキツい。そして今時、合コンなんて死語だし、やらないし、恋愛する人も少なくなっているよと伝えるとドン引きされるのも辛い。あまり言語化できないのだが、社会的抑圧の痛み分けなのかなとは思う。とりあえずそういう干渉はやめてほしいものである。
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※IMDbより画像引用