ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密(2019)
Knives Out
監督:ライアン・ジョンソン
出演:ジェイミー・リー・カーティス、アナ・デ・アルマス、マイケル・シャノン、クリス・エヴァンス、トニ・コレット、ダニエル・クレイグ、クリストファー・プラマーetc
評価:85点
おはようございます、チェ・ブンブンです。ようやく話題の『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』を観てきました。『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』で前衛的な演出をし、ファンから総スカンをくらい、そのままとっ散らかったストーリーを放置して着手した本作ですが、評判が非常に高く第92回アカデミー賞脚本賞にもノミネートされている作品です。007を嫌々演じていると思われるダニエル・クレイグがイキイキと演技をしているのが予告編からも伺える本作。
『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』あらすじ
「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」のライアン・ジョンソン監督が、アガサ・クリスティーに捧げて脚本を執筆したオリジナルの密室殺人ミステリー。「007」シリーズのダニエル・クレイグ、「キャプテン・アメリカ」「アベンジャーズ」シリーズのクリス・エバンスら豪華キャストが顔をそろえる。世界的ミステリー作家ハーラン・スロンビーの85歳の誕生日パーティーが彼の豪邸で開かれた。その翌朝、ハーランが遺体となって発見される。依頼を受けた名探偵ブノワ・ブランは、事件の調査を進めていく。莫大な資産を抱えるハーランの子どもたちとその家族、家政婦、専属看護師と、屋敷にいた全員が事件の第一容疑者となったことから、裕福な家族の裏側に隠れたさまざまな人間関係があぶりだされていく。名探偵ブラン役をクレイグ、一族の異端児ランサム役をエバンスが演じるほか、クリストファー・プラマー、アナ・デ・アルマス、ジェイミー・リー・カーティスらが出演。
※映画.comより引用
もう一つの半地下の家族
ライアン・ジョンソンはジャンル映画を脱構築するのが上手い監督だと思う。流石に『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』は三隅研次的斬る美学をライトセーバー捌きに用いたところは面白かったが、今まで積み上げてきたスター・ウォーズの世界観を破壊してしまった感が否めなかった。しかし、『LOOPER ルーパー』の過去の自分VS未来の自分を肉体的ダメージまで考慮して練られた時間系SF映画の脱構築に魅了されました。そんな彼が手がける本格ミステリーは、一見アガサ・クリスティ系クラシカルミステリーの皮を被りながら、ミステリー映画好きをも唸らせる技巧に満ち溢れた作品でありました。
大富豪ハーランが死亡し、事情聴取がなされる。ここではキャラクター紹介的に、それぞれのアリバイが回想形式で語られていくのだが、ダニエル・クレイグ演じる名探偵ブノワ・ブランが質問すると、親族はこぞって停止する。ここで、それぞれのキャラクターが言いたくない過去が回想として描かれるのだが、彼らの口からは微妙に事実を歪曲した嘘が語られる。観客は神の目線、岡目八目で名探偵の推理を見守ることとなる。
そこへ、面白いギミックを持つ要を配置する。マルタ・カブレラだ。移民の子で、ハーランの右腕秘書として屋敷に勤務している彼女は、嘘をつくと吐いてしまう性格を持っている。ブノワは、彼女の特性を使い、全員の嘘を簡単に見破ってしまうのだ。そうこうしているうちに、マルタの回想が始まる。彼女はハーランの右腕として働いている関係で、親族の悪が筒抜けらしい。そして、ある日、酔っ払った彼を解放する中で、致死量のモルヒネを打ってしまう。肝心な解毒薬も何故か持っていない。死のタイムリミットが迫る中、ハーランはマルタにアリバイの手法を教え、彼女は見事やってのけるのだ。神の視点を持つ観客は、名探偵ブノワと全く嘘のつけないマルタの隣り合わせの心理戦の開幕に、思わず身を乗り出したくなるほどハラハラドキドキさせられていく仕組みとなっていたのです。
そして、これが『パラサイト 半地下の家族』によく似た修羅場エンターテイメントの中に社会風刺を入れた構図となっていました。『パラサイト 半地下の家族』では、階段や段差の死角を用いて、富める者からは貧困層の氷山の一角しか見えない様を風刺していた。本作も、ラストで相続権を全て勝ち取ったマルタがベランダから、ハーラン一家を見下ろす高低差を使った演出で、貧富を表現していたりする。
ライアン・ジョンソンの場合、そこへスノビズムを巧みに使った演出が施されている。ハーラン一家の一人が、マウントとしてミュージカル『ハミルトン』を初演で観たという場面がある。『ハミルトン』は2015年に開幕したミュージカルで、ヒップホップやR&Bなどを織り交ぜた多様性ある構成で興行面・批評面双方で大ヒットを遂げ、公開当時チケット入手が非常に困難だった作品だ。それを初演で観ているというのは、いかにハーラン家が裕福かを象徴しており、また多様性を前面に出している『ハミルトン』を引き合いに出すことで、一見すると移民であるマルタに寛容で差別などしていないという《化けの皮》を強調している。
また、名探偵ブノワがマルタに、唐突に『重力の虹』の話をする場面がある。『重力の虹』とはトマス・ピンチョンが書いた、とてつもなく長く登場人物が300~400にも及ぶ狂気の小説である。物語というよりかは無数の小話が所狭しと並んでおり(電球とゴキブリの挿話がめちゃくちゃ面白い)、とてもじゃないが常人にはあらすじを把握することすら困難な作品にもかかわらず、ブノワは「『重力の虹』はタイトルが素敵だね。複雑な作品だが、軌道を描いて終着点を見極めていくと良い。」とさも分かったかのような口調で話している。つまり、本作の肝は従来のミステリー映画における名探偵のスノッブさを風刺し、そんな名探偵のミスリードを出汁として煮込んでいるところにあるのです。
(余談だが、『重力の虹』はアンサイクロペディア《読書感想文に書くと親呼び出しにされる図書一覧》に掲載されている面白い作品です。みんな読もう!)
『パラサイト 半地下の家族』で描かれたブルジョワ、スノビズムの視点からは観測しにくい世界を観客は知っている。そして彼らがミスリードしててんやわんやなっているところにニヤニヤするものの、劇中で登場する囲碁が物語るように、優勢だった局面がある一手で覆って、観客の神の視点すらも裏切っていく。ここに、他の作品では得難い面白さがあるのだろう。それだけに、後出しジャンケンのように繰り出される、回想、回想の連打もそれとなく心地よさがある。
そして察しの良い方、あるいはミステリー映画のファンは、上映時間に対する体感から、犯人はマルタでも冒頭の容疑者でもなく、ランサムであることは分かってしまうかもしれないが、たとえ犯人が分かったとしてもそのプロセスの魅せ方のユニークさに飽きることがないのだ。
ラストには、お土産としてインパクト抜群のナイフの椅子のナイフが全部おもちゃだったという茶番を、マルタのゲロ特性と合体させて抱腹絶倒の笑いへと昇華させているのだ。ライアン・ジョンソン、正直無責任だとは思ったが、やはり『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』は監督しなくて正解だったなと感じました。
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