『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』現代人が忘れてしまった視点を少年と荒くれが教えてくれる

ザ・ピーナッツバター・ファルコン(2019)
The Peanut Butter Falcon

監督:タイラー・ニルソン、マイケル・シュワルツ
出演:シャイア・ラブーフ、ダコタ・ジョンソン、ジョン・ホークス、ザック・ゴッサーゲンetc

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

シャイア・ラブーフの奇行が問題となり、公開が危ぶまれた『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』を観ました。本作は施設から逃げ出したダウン症の少年ザックとゴロツキに復習したが為に逃げることとなった男タイラーによるロードムービーです。アメリカでの評判が非常に高く、SXSW映画祭では観客賞を受賞している作品。予告編から傑作の匂いがしていたのですが、それは裏切られることありませんでした。

『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』あらすじ


Zak runs away from his care home to make his dream of becoming a wrestler come true.
訳:ザックは彼の介護施設から逃げ出し、レスラーになるという彼の夢を実現させます。
IMDbより引用

ザック・ゴッサーゲン、君は誰だ?

本作を観た人なら誰しもが夢中になるであろうザックというキャラクター。ハルクに似ている表情、ユーモラスな動き、彼がパンツ一丁で駆け回り、人懐っこく荒くれの周りをウロウロし、夢を掴む為に闘う。シリアスな場面ですら、ユーモアを持たせながら怒りの牙を向ける彼の姿は脳裏に焼き付くことでしょう。そんなザックを演じた俳優は、ザック・ゴッサーゲンだ。聞いたことあるだろうか?恐らく、ほとんどの人が耳馴染みのない名前だ。私も本作を観るまで知りませんでした。

ザック・ゴッサーゲンはダウン症を抱えた俳優です。彼は多様性のある人間関係構築の場を提供する非営利団体Zeno Mountain Farmsの映画製作部門で、役者として活躍してきました。『Burning Like A Fire』、『Life of a Dollar Bill』 といった作品に出演していた彼は『Bulletproof』 の舞台裏を撮ったドキュメンタリー『Becoming Bulletproof』でスミソニアン博物館からアメリカ障害者法25周年記念の基調講演者に招待される。そんな彼はロサンゼルスで撮影中、本作の監督タイラー・ニルソン、マイケル・シュワルツと出会います。彼らはザックの魅力に惹き込まれ『The Peanut Butter Falcon』の主演に起用。彼のユーモアを余すことなく脚本に盛り込み、彼のレスリング愛ですら物語のキーとして演出していきました。

現代人が忘れてしまった視点を少年と荒くれが教えてくれる

そう聞くと、ダウン症の辛さを描いた作品のように見えるかもしれない。ザックのダウン症という特性ありきの作品とも捉えることができる。しかしながら、この作品が素晴らしいのは、ダウン症をダウン症として描くのではなく、人間を人間として描くことに終始一貫しているのだ。そしてそれが本作のテーマに繋がっている。ザックは、退屈な施設暮らしに飽き飽きして、夜な夜な鉄格子をひん曲げ、パンツ一丁で逃走する。そんな彼はヒョコんなことから、荒くれ者タイラーと出会う。タイラーは、ゴロツキに喧嘩で負けた腹いせとして小屋を燃やし逃げている最中だ。ヒールで自分を悪いヤツだと思っている彼に対して、ザックは「彼は良い人」だと思いついてくる。そんな彼を疎ましく思っているタイラーに対してザックは、「ボクはダウン症なんだ」と語る。しかし、タイラーは「そんなもん知ったこっちゃない」と払いのけるのだ。ここが重要で、自分の孤独を埋めるようにザックに寄り添っていくタイラーだが、彼は絶対に「ダウン症」としてザックを見ることはないのです。ユーモラスで変わった仲間として彼と向かい合い、冒険をするのです。道中で出会う、黒人、他の荒くれも、決してザックをダウン症として見ない。ひょっとすると、彼らは《ダウン症》という言葉を知らないのかもしれない。ただ、確実に言えるのは、ザックを人間として見ているということだ。

現代人は、特に知識人になればなるほど、やれADHDだ、ダウン症だ、LGBTQだと言いたくなるのだが、それは人にラベルを貼り付けているだけではないだろうか?

そして本作の善良な施設のお姉さんのように、一見正しいことをしているように見えて、実は多様性に断絶の壁を敷いているのではないだろうか?

現代人は人間を人間として接することを忘れてしまったのではないだろうか?そんな鋭い視線を、このユーモラスな旅路から感じ取りました。

ナイジェル・ブラックの撮影に注目

また、本作で注目すべきポイントはナイジェル・ブラックの撮影にある。『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの第二班として撮影のキャリアを積み、近年では『パパの木』といったアート作品から『デッドプール』といったMarvel映画の撮影までマルチに活躍するナイジェル・ブラックの撮影が素晴らしい。二人の距離感を象徴する、海辺や草原でのロングショット。泳げない彼が船に轢かれそうになる場面の緊迫感溢れるショットはどれも美しく、古き良き冒険活劇のワクワク感を思い出させてくれる。修羅場を丁寧にゆっくり撮ることで、1950年代のハリウッド西部劇の面影が滲み出てくる様は、現代人が昔に置いてきてしまった思考を取り戻すという本作のテーマに直結しており非常によくできていると感じました。

2020/2/7(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国公開です。

ブロトピ:映画ブログ更新
ブロトピ:映画ブログの更新をブロトピしましょう!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です