『イエスタデイ』これはビートルズ映画ではない!現代の《バズる》を風刺した傑作だ!

イエスタデイ(2019)
YESTERDAY

監督:ダニー・ボイル
出演:ヒメーシュ・パテル、リリー・ジェームズ、ケイト・マッキノン、アナ・デ・アルマスetc

評価:80点

日本公開10/11(金)『イエスタデイ』観ました。

本作は、『トレインスポッティング』、『スティーブ・ジョブズ』といった変わった作品を放つダニー・ボイルがビートルズのない世界を描いた音楽コメディ。観る前から、「そもそもビートルズのない世界で、ビートルズの曲をパクって出世するなんてどうかしている。なんたって、ビートルズが売れたのは、ビートルズが歌ったからでしょ!よく分からない黒人が歌っても、そう簡単にブレイクする訳がない。」と不安を抱いてました。これが大傑作だったのです。

『イエスタデイ』あらすじ


「トレインスポッティング」「スラムドッグ$ミリオネア」のダニー・ボイル監督と「ラブ・アクチュアリー」の脚本家リチャード・カーティスがタッグを組み、「ザ・ビートルズ」の名曲の数々に乗せて描くコメディドラマ。イギリスの小さな海辺の町で暮らすシンガーソングライターのジャックは、幼なじみの親友エリーから献身的に支えられているものの全く売れず、音楽で有名になる夢を諦めかけていた。そんなある日、世界規模の瞬間的な停電が発生し、ジャックは交通事故で昏睡状態に陥ってしまう。目を覚ますとそこは、史上最も有名なはずのバンド「ザ・ビートルズ」が存在しない世界になっていた。彼らの名曲を覚えているのは世界でただひとり、ジャックだけで……。イギリスの人気テレビドラマ「イーストエンダーズ」のヒメーシュ・パテルが主演を務め、「マンマ・ミーア! ヒア・ウィ・ゴー」のリリー・ジェームズ、「ゴーストバスターズ」のケイト・マッキノンが共演。シンガーソングライターのエド・シーランが本人役で出演する。
映画.comより引用

《何を》したかではない《誰が》したか

「ビートルズのない世界でビートルズの曲を使ってスターになる話」

一目で「面白そう!」と思うが、2010年代においてこれはダメなんじゃないと不安がよぎるあらすじだ。SNS時代、もはや周知の事実だろう「何を言ったかよりも誰が言ったかか」が重要視されていることは。Twitterで同じ投稿しても、方や2万RTされ、方やリツイート全くされない。誰が言ったか、どのタイミングで言ったかが複雑に絡み合ってバズるのです。

さて、そんな時代に似つかわしくないプロットの『イエスタデイ』は毎回思わぬ驚きを軽快に魅せてくるダニー・ボイル監督が手がけているので、決してビートルズファンムービーに留まることはない。それは本作に隠されたギミックを観れば明らかだ。まさしく、本作は2010年代人々の頭の片隅にある「《何を》したかではない《誰が》したか」問題を捉えた傑作であった。

まず、ダニー・ボイルは主人公ジャックのカリスマ性のなさをサラリと描く。イケイケな曲なのだが、素人臭い感じをガラガラな客席描写にもたれかかることなく、しっかり音楽で魅せてくる。そして、突然ビートルズのない世界に転送された彼は、こことぞばかりに身なりを整え、記憶が薄れないようにビートルズの曲をメモり、猛特訓する。

ここが重要だ。予告編の感じだと、すぐにトップスターに成り上がっているように見えるのだが、本編ではなかなかブレイクしないのです。「LET IT BE」を完璧に歌っても見向きもされないのです。そう、これは他人の曲。ビートルズが自身の哲学を曲に流し込んだプロセスを正しく辿っている訳ではないし、あのカリスマ性は彼にはなかったからだ。

しかし、今やSNSの発達でそんなカリスマ性のない彼でもバズることができる。SNSにアップされた動画がバズり、敏腕プロデューサーのキレッキレな広告戦略によっていとも簡単に彼はファンを増やしていくのです。有頂天になる彼だったが、彼にはクリエイティブのクの字もない。あれよあれよと言う間にブレイクし、人がまるでゴミのように見える世界。彼が「いつか正体がバレるかもしれない」「自分の身の丈に合わない群衆が怖い」と思い「Help!」と叫ぼうとも誰も気づかない。信じてくれない。

本作は自分の身の丈に合わないバズり方をした男の苦悩を描いており、その周りの薄っぺらい熱気までを取り込んでいたのだ。それはSNSでバズり、その異常さに怯えるも、すぐさま忘れ去られてしまう現代社会の一面を風刺していると言えよう。

これをビートルズと引き合わせたダニー・ボイルは凄い!ビートルズの「人が僕らの音楽を聴いてくれない」理由に解散したエピソードを組み込みたいだけに、ビートルズを使っている訳ではない。主人公が羽織るに絶妙にブカブカなラインをビートルズに託したのです。政治的、哲学的メッセージが強いボブ・ディランやカリスマ性が求められるザ・ローリング・ストーンズ、曲が超絶技巧難解なザ・フーではなく、アイドル的軽快さとゆるさを持つビートルズだからこの物語は成立できたと言えよう。

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