【ネタバレ考察】『メランコリック』コミュ障東大生が銭湯で死体を始末する話に感動した件

メランコリック(2018)

監督:田中征爾
出演:皆川暢二、磯崎義知、吉田芽吹、羽田真東、矢田政伸etc

評価:95点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

先日アップリンクで『メランコリック』という作品が上映されました。本作は昨年の第31回東京国際映画祭で話題となっていた作品。実際に武正晴監督の『銃』と同時に《日本映画スプラッシュ》部門監督賞を受賞しました。軽くしか概要を知らず、どうやら銭湯で死体を処理する『冷たい熱帯魚』的な話だと思って観たのですが、これが抱腹絶倒のブラックコメディだったのです。そして、田中征爾監督は今後注目しなくてはいけない監督だと思う程超絶技巧のユニークな作品になっていましたので、今日はネタバレありで語っていきます。

『メランコリック』あらすじ


深夜に殺人が行われる銭湯を舞台に、ひょんなことから人生が大きく動き出してしまう人々の人間模様を、サプライズ満載の変幻自在なストーリー展開で描いたサスペンスコメディ。名門大学を卒業後、アルバイトを転々とし、うだつの上がらない生活を送っていた和彦。ある日、偶然訪れた銭湯で高校時代の同級生・百合と再会した彼は、そこで一緒に働かせてもらうことに。やがて和彦は、その銭湯が閉店後の深夜に浴場を「人を殺す場所」として貸し出していることを知る。さらに、同僚の松本が殺し屋であることが明らかになり……。新人監督・田中征爾の長編デビュー作で、第31回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門で監督賞を受賞(武正晴監督の「銃」と同時受賞)。和彦役の皆川暢二、松本役の磯崎義知、田中監督による映画製作ユニット「One Goose」の映画製作第1弾作品。
映画.comより引用

映画の文法に真摯に向き合った稀有な作品

この映画を観て嬉しかったことがある。それは、他の作品からの引用が見えなかったところです。ブンブンは映画にハマって10年以上になるが、厄介な能力に悩まされています。それは、オマージュ、引用ネタが勝手に分かってしまうところです。羨ましい能力に見えるかもしれない。確かにブログを書く上で、調べる手間は省けるので役に立つ能力ではあるが、10年前、中学生時代に『ファイト・クラブ』や『2001年宇宙の旅』を観て感じたあの興奮。映画の内容と100%向かい合って感じた純粋な気持ちが失われてしまった。どんな映画を観ても、AとBのの化合物にしか見えず、そのサンプリングの妙や監督の背景などといったジャミングでもって映画を観てしまうようになった。だから羨ましがる映画ファンには、こんな能力求めない方がいいよと言っている。見え過ぎる男は辛いのです。だからこそ、唯一無二の作品に出会えた時、涙が出るほど嬉しくなる。去年でいうならば『ジャネット、ジャンヌ・ダルクの幼年期』に匹敵するオリジナリティがこの『メランコリック』にはありました。

しかも、『ジャネット、ジャンヌ・ダルクの幼年期』はChooChooTrainしながら迫り来るう尼さんとジャンヌ・ダルクが歌バトルする奇抜さ、映画の文法を100%破るスタイルの映画であったのに対して、こちらは映画の文法と愚直に向かい合って型を知り、それを破ってみせるスタイルだったのです。つまり、映画の教科書になりうるレベルのものがあったのです。

物語はいきなり、ノワール調でチンピラがヤクザと麻薬の取引らしきことをするところから幕が開ける。それと対応するように、ニートの東大生の日常が描かれる。2つの交わることなさそうな物語を提示し、観客はその2つのベクトルがどのように交差するのかと思い画面に注目する。東大生の男・鍋岡和彦(鍋岡和彦)は銭湯に行くと、突然高校時代の同級生・副島百合(吉田芽吹)と遭遇する。ここから、物語の肝となる、コミュ障独特なヒリヒリする会話のリズムが層のように重なっていきます。

和彦は明らかに彼女のことは覚えていない、だからとっとと会話を終わらせてバイバイしたい。しかしながら百合は割とグイグイと彼のプライベートゾーンに入ってくる。「東大出たんだって?凄いね。この辺に住んでいるの?」みたいな感じに訊かれるのだ。彼にしてみれば、ニートという劣等感がある。しかし、彼女の勢いに負けて同窓会に参加する羽目となる。

同窓会に参加すると、スクールカースト最下位が同窓会に行ったらあるあるが緻密に描かれる。事業に成功したカースト上位の男とそれを取り巻く女。その影で和彦は、残飯同然になったサラダをチマチマ食べ時間が経つのを待つのだ。あのグループに入りたいが、うまく入れない。誰か誘ってくれないかなと羨望の目で華のグループを見るのだ。こうした嫌な空気感に、またしても百合が登場し、今度は仕事のことを根掘り葉掘り訊かれていく。地獄のような尋問であるのだが、女歴なし童貞の彼は段々と、「本当に彼女は僕のことに気があるのでは?」と思うようになる。そして、彼女がよく来る銭湯に就職することを決めるのだ。

この恋愛話に、もう一つの話ヤクザに搾取される銭湯の悲哀が絡んでいく。ここで注目して欲しいのは、銭湯というロケーションだ。『湯を沸かすほどの熱い愛』で、銭湯描写が死んでいることにげんなりしたブンブンでしたが、ここには生きた銭湯描写がある。和彦が前半銭湯で湯に浸かる場面では、よくある昔ながらの銭湯を描く。ふらっと入りお金を払う者、ロビーでダラダラとくつろぐ者、身体を洗い、熱い風呂に癒されるおっさん。等身大の銭湯がある。そして店長はよくいる銭湯おじさんだ。真面目さとゆるさを持ったあの感じだ。バイトの場面では、シャンプーの詰め替えをしたり、薪をくべたり、受付で鍵を渡したりと風呂の仕事をしっかりと魅せてくれる。それが夜になると、セコセコ死体を始末する。そして銭湯は水場なので血を流し去るのにぴったりだ。ギャップのある描写にギョッとする一方、理にかなった運用で妙な納得感を与えるのだ。

個性的なキャラクターが映画を回す

さて映画の黄金比的2つの物語の交差が描かれたところで、各キャラクターの掘り下げが始まってくる。これがまた面白い。

1.鍋岡和彦

通常、ヤクザのお仕事手伝うとなったらビビって逃げてしまうだろう。実際に、こっそり物陰から死体始末現場を見てしまい、逃げようとするのだが先輩に捕まってしまう(この逃げようとして不器用すぎて逃げられない様がこれまたリアルだ)。しかし、大金がもらえるからと妙にやる気満々になる。「次はいつですか?」みたいな感じで銭湯の店主に迫るのだ。そして、周りがどんどんやばい状況になっても、まるで『運び屋』におけるギャング抗争中にリップクリームを塗るクリント・イーストウッドのように飄々としているのだ。あまりにも飄々としているから同僚に「テメェ分かっているのか?やばい仕事しているのに、彼女を作っては実家にくらすなんて意味わかんねぇ」と呆れられる始末。このオフビートさをコミュ障あるあるの会話の着地点が見つけられないヒリヒリ感と合わせ重ねることで独特のリズムが生まれてくる。

しかしながら、カノジョをものにしていくうちに漢に変わっていくところに、最初は小馬鹿にしていた観客も段々と応援したくなるでしょう。背伸びして高級フレンチに連れていき、家にいくのもキモさ全開だった彼が、女性との距離の詰め方を習得していくのだ。しまいには殺しのプロである同僚に童貞なんだとマウントを取り、ブチ切れられる手前で寸止めする話術を習得し、スクールカースト上位の男にビジネスの相談をするようにまで成長する。決してあのギラギラした同級生よりかはカッコ良くないのだが、ダサいところから努力で及第点まで登りつめる姿は胸が熱くなります。

2.副島百合

『天気の子』における陽菜級に、童貞少年の9割を受け入れる女性。最初はDQNかなと思うのだが、本当に鍋岡和彦のことを一途に考え、彼の正体を知っても他の男のところに逃げない。必要以上に関与しない魔性の女ではないことが分かってくる。このキャラクターがいることで、観客にミスリードを起こさせ、尚且つ修羅場に束の間の癒しの描写をもたらす働きを与えます。

3.銭湯の同僚

いかにも頭悪そうな、絵に描いたような△の口を持つ男は中盤で、殺しのプロだということがわかる。ザ・ファブル』のようなキレッキレの手つきで敵を容赦無く殺していく。裏の顔の恐ろしさを提示した上で、段々とアホらしさと魅せていくところが秀逸。和彦と仲良くなるうちにボケを引き出すツッコミというキャラクターを演じるようになるのだ。

この同僚が和彦に銃の使い方を教える場面では、これからヤクザを倒しにいく、死ぬかもしれないというシリアスな場面であるにも関わらずほっこりするような音楽が流れる対位法が使われており、ゆるさが持続することとなる。

4.店長

ヤクザに脅されている苦痛をなるべく、仲間に魅せないように愛嬌を振りまくおじさんのリズムは、死体処理というシリアスな展開を和らげる働きがある。どんなに過酷でも、ほんじゃよろしく、んじゃまた明日と淡々と従業員に指示を出す。それが唐突にギャグに発展するから油断できない。また突然怖いことを言い始めるので、どこまでが本音なのか見えない不気味さがある。そんな彼だからこそ、同僚を裏切って銃で攻撃するところは裏切られた。

5.ヤクザ

ケチャップおじさん。シャレにならないぐらい怖い。単に追いケチャップ野郎だと思ったら、ラストの裏切りまでケチャップを使ってくるケチャップ狂いに驚かされる。そして、彼が微笑みながら「言わせんなよ」と脅してくる場面は、銭湯の店長が逃げられないのも無理がない恐怖がありました。

最後に

『メランコリック』は、ヤクザの物語とコミュ障男の成長譚が絶妙な会話のズレによる笑いでもって次々と予測不能な方向へ転がっていき、段々と映画に登場する気持ち悪く第一印象最悪なキャラクターたちに愛着が湧いていき応援したくなる。そして最終的に亡くなった店主の代わりに、和彦が店長となり仲間とカノジョを従え、陰日向ながらも幸福な人生を掴む綺麗な着地点に驚かされました。

だって銭湯勤めたらヤクザお抱えの死体処理場でしたという絶体絶命の状態からここまで来るなんて、しかも抱腹絶倒の笑いを提げてなんて誰も思わないでしょう。

アップリンク吉祥寺は初日ブンブンの観た回満席でした。これは2019年の『カメラを止めるな!』になるよう口コミ応援したいし、田中征爾監督の次回作に期待したいなと思いました。

ブロトピ:映画ブログ更新
ブロトピ:映画ブログの更新をブロトピしましょう!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です