【ネタバレ考察】『ポール・サンチェスが戻ってきた!』と『ブラック・クランズマン』の意外な共通点

ポール・サンチェスが戻ってきた!(2018)
PAUL SANCHEZ EST REVENU !

監督:パトリシア・マズィ
出演:Laurent Lafitte, Zita Hanrot, Philippe Girard etc

評価:50点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

アンスティチュフランセの特集上映《映画/批評月間 ~フランス映画の現在をめぐって~》で『ポール・サンチェスが戻ってきた!』を観てきました。本作はカイエ・デュ・シネマベストテン2018で5位に輝いた作品。監督のパトリシア・マズィは日本では知られていないのですが、フランスの名門映画学校《La Fémis》の入試問題で彼女の過去作『Travolta et Moi(トラヴォルタと私)』が出題されたり、巨匠ジャック・リヴェットが言及していたりするフランス映画の重要監督だ。そんな彼女の描くサスペンスはユニークなことに『ツイン・ピークス The Return』と『ブラック・クランズマン』を足して2で割ったようなビザール映画でした。ということで、今回はネタバレありでこの変な作品について読み解いていきます。

『ポール・サンチェスが戻ってきた!』あらすじ


10年前に失踪した犯罪者、ポール・サンチェスが、プロヴァンス地方のレ・ザルクで目撃されたという。憲兵隊舎では誰もそのことを本気にしなかったが、若い憲兵のマリオンは違った…。

「このような場所を映画に撮れるのはパトリシア・マズィをおいて他にいないだろう。丘陵、レ・ザルク、谷、国道、まるでラオール・ウォルシュの映画に見られるような広大な世界。ある人物の狂気が拡散していくとともに物語が展開し、やがてその狂気は集団の中へと波及していく。(…)」(「リベラシオン」紙より引用)
アンスティチュフランセサイトより引用

パトリシア・マズィについて

まず、本作について語る前に、謎の女性映画監督パトリシア・マズィについて語るとしよう。彼女は、新鋭監督と思いきや今年で59歳を迎える監督だ。キャリアも本作入れて9本とそこそこ撮っています。ただ日本ではアンスティチュフランセの特集上映でも全く上映されたことのない、未知の監督となっています。

パトリシア・マズィ監督作一覧

・La boiteuse(1984)
・Peaux de vaches(1989)
・Des taureaux et des vaches(1992)
・Travolta et Moi(1994)
・La finale(1999)
・Saint-Cyr(2000)
・Basse Normandie(2004)
・Sport de filles(2011)
・Paul Sanchez est revenu!(2018)

アニエス・ヴァルダ、ジャック・ドゥミ、ユルマズ・ギュネイのアシスタントとして活動

パトリシア・マズィはパン屋の娘として生まれました。HECというシネクラブにいたのですが、乳母としてロサンゼルスに移住します。1980年代に、短編映画『La boiteuse』を撮り再び映画界に舞い戻ってきます。映画監督のアニエス・ヴァルダと編集監督であるサビーン・マモウ(ジャック・ドゥミの右腕)に出会い、彼女たちの紹介で、ジャック・ドゥミの『都会の一部屋』やユルマズ・ギュネイの『壁』の製作にインターンとして携わります。

そして1989年に長編デビュー作『Peaux de vaches(牛の皮)』を発表します。本作は農場に火をつけた弟の代わりに刑務所に入った兄が、10年後に帰郷すると弟のジェラールは家庭を持っていて平穏無事に暮らしていてブチ切れる。するとジェラールは逃走し、彼の妻は困惑するという内容となっています。

その後、テレビ映画としてトラヴォルタ好きな青年の青春映画『Travolta et Moi』を製作したり、時代劇『Saint-Cyr(サン・シール)』やドストエフスキーの『地下室の手記』を馬に乗りながら暗唱する男を描く異色作『Basse Normandie(ノルマンディー地方の下で)』を手がけています。

歪なすれ違いに『ツイン・ピークス The Return』の面影

さていよいよ本作について語っていくとしよう。この物語は消息不明の殺人者ポール・サンチェスが地元に現れたと話題になるところから始まります。そして抑圧された女性憲兵マリオンが、ポール・サンチェスを捕まえ名声を得ようとする。映画はポール・サンチェスの逃亡劇と憲兵側の捜索シーンを交互に描くスタイルをとっています。くっつきそうでくっつかないじれったさ、明らかな伏線をなかなか回収しようとせず先延ばしにする。例えば、カフェで目つきの悪いポール・サンチェスが、人目を気にしながらパソコンで何やらメッセージを送ったり、ショッピングモールで金を引き下ろしている。そのすぐそばで、憲兵が疑わしき人物を次々と逮捕していく。明らかに捕まりそうなほど挙動不審な彼が目の前にいるのに、紙一重でスルーしていくところにもどかしさを覚えます。また、何か起こりそうな予感をさせるカットバックが行われるのに、何も起きないことが多く、観ている方は肩透かしを食らったかのような気分になります。

何かが起きると見せかけて何も起こさないテイストは『ツイン・ピークス The Return』における二人のクーパーとFBIのぎこちない挿話のクロスと重なるところがあります。ただ、『ツイン・ピークス The Return』の場合、そのズラし方が一々シュール(記憶を失ったクーパーがカジノで叫ぶと大金が出てきたり、FBIが謎の空間に転送されそうになったりエトセトラ、エトセトラ)でもどかしさ込みで面白い。それを観た後の世界を生きているブンブンがこの焦らしを観てしまうと、これがフラストレーションになってきます。

『ブラック・クランズマン』との意外な共通点

本作を観て、どうも最近似たような映画を観たなと思ったら、アカデミー賞でスパイク・リーが監督賞を受賞した『ブラック・クランズマン』でした。『ブラック・クランズマン』は黒人差別が残る1970年代後期に、新米黒人刑事が電話でなりすましてKKKに潜入するという内容。この作品の特徴は、抑圧にされた警察の世界から、一山当てて一気に出世しようとする黒人刑事の欲望がKKKの悪を形づける様子と、白人に対して反発し過激化する黒人グループを重ね合わせることで、人種差別というのは単に肌の問題ではないことを強調していることにあります。

『ポール・サンチェスが戻ってきた!』の場合、男の憲兵にこき使われている女性憲兵が、ポール・サンチェスという幻の凶悪犯を捕まえることで抑圧からの脱却を狙おうとする話です。ただ、当の本人はポール・サンチェスだと思い込んで発狂している営業マンで、劇中、散々伏線として様々な人が真実を提供しているのに、自分の都合のいい情報しか聞かず、それが存在しないポール・サンチェスの像を浮き上がらせる作りとなっています。最後に、偽のポール・サンチェスをマリオンがうっかり銃殺し、仕事を辞めるところで終わる。それによって、自分の理想が作りだした悪を追っていくうちに自分が悪に染まってしまう様を強調させています。

どちらも、自分の正義と理想に囚われ、真実が霞に包まれていく恐ろしさを描いている点共通しているといえます。

ナレーターの意味

『ポール・サンチェスが戻ってきた!』では上記の軸を強固なものとするために、空気と化しているナレーターの存在を仕込んでいます。ジャーナリストとして憲兵の周りをうろつく人物の語りで始まり、語りで終わるのだが、よくよく考えるとどうもおかしい。視点はマリオンや偽のポール・サンチェスだったりするのだが、彼女や彼が絶対にジャーナリストには言わないであろう視点ばかりが劇中で描写されているのだ。どこまでが真実でどこまでが偽なのか?信頼できない語り手を配置することで、主観による事実の歪曲がテーマであると声高らかにマズィは語っているのです。

おわりに

こう3,000字も書いてきたが、正直面白くはなかった。『ツイン・ピークス The Return』やブリュノ・デュモン監督の『プティ・カンカン』における焦らしを知っていると、どうも焦らしの鋭さに欠けるなと思ってしまう。と同時に、カイエ・デュ・シネマが本作を好む理由も分かった気がしました。まあ、日本一般公開はほぼ無理な作品であることには間違いありません。

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