【ネタバレ考察】『Vision』河瀨直美の謎を読み解く鍵は中上健次にあり!

河瀨直美流『千年の愉楽』だった

本作は、難解だ!と言われSNSを困惑の渦に包んでいるのだが、あるキーワードを知っていると物語の構造が理解できる仕組みになっている。それが中上健次である。中上健次とは、和歌山県新宮出身の芥川賞作家で、自身の出身である被差別部落についての小説を書き続けたことで有名だ。

本作は、猟銃を持った男の射撃と永瀬正敏扮する男・智が木を薙ぎ倒すシーンから始まる。いきなり、中上健次が脚本を手がけた映画『火まつり』のエッセンスを抽出している。ただ、それだけなら『WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~』でも似たようなことをやっていたし、中上健次からの引用はもう『ディストラクション・ベイビーズ

』や『溺れるナイフ』で使い古されている。しかし、河瀨直美は『萌の朱雀』から『2つ目の窓』まで一貫して、中上健次の自然と野生の関係を意識して取り込んできた監督である。『2つ目の窓』では顕著なまでに、湿気と熱気で本能をむき出しに男女を描いている。また、『火垂』では、業火包む祭りのシーンから蒸し暑い空間でのDVシーンが展開する。今回、『あん』、『光』で中上ワールドから離れていた彼女が本気を出した。

なんと露骨に『千年の愉楽』をやり始めたのだ。『千年の愉楽』は、オリュウノオバという路地唯一の産婆を中心に血族の者が引き起こす血と暴力の物語だ。これを前提に物語を観ると、謎が解けてくる仕組みとなっている。特に夏木マリ扮する老婆アキをオリュウノオバに見立てて観ると、よく分かる。

ジュリエット・ビノシュは新オリュウノオバだ!

フランスからコラムニストとしてジャンヌがやってくる。彼女は、幻の草『Vision』を追い求めていると智に語る。しかしながら、何か他の理由がありそうだということが、彼女の見る幻影から分かる。その幻影は、今まで奈良の吉野に来た事もない筈なのに、そこに住んでいる謎の男と情事に没頭しているというものだ。ジャンヌが吉野へ行くと、郷愁からか涙が出てくる。そしてよく見ると、老婆アキと瓜二つだという事も判明するのだ。

そしてアキは、「あなたを待っていた」とばかりに姿を消してしまう。そして、映画には幻影しか残らなくなるのだ。ここから言えることは、国籍も人種も違う者が、前世によって奈良・吉野と繋がっており、老いて死にゆく老婆アキの代わりに森を守る者として呼ばれた。つまりはジャンヌが、森の守護者になるまでの話だったのだ。オリュウノオバは、その土地の全てを知る者であり、そして産婆という「生」を創り出す者。つまりは神に等しい存在だ。ジャンヌは、郷愁に導かれるまま異国の地へやって来る。そして、『Vision』が草ではなく、彼女自身の新たな人生のVisionだったことに気づくまでの話といえるのだ。

トンネルとオレンジ色彩は過去の象徴

本作では、《時間》というものを効果的に描くために、トンネルとオレンジの色彩を使っている。老婆アキは、後継としてジャンヌの到着を見届けると、老いた最後の力を振り絞ってトンネルを超える。そして、舞を踊る。ジャンヌも、それを追うようにトンネルを辿り、舞を踊る。すると、今まで断片的にしか映し出されなかったオレンジの色彩で繰り広げられる情事が、はっきりと映る。そして、情事の全貌が明らかにされる。と同時に、今までジャンヌが見ていた幻影は、老婆アキの若かれしころだということが分かってくる。アキの恋人・岳は、猟銃を持った男に撃たれて死ぬ。と同時に、アキは赤ちゃんを森の中で産むのだ。赤ちゃんは岳の家族の元へ送り届けられる。ジャンヌは、吉野の歴史というヴィジョンを受け入れる形で映画は終わる。

つまり、物語の途中途中で入るオレンジ色の色彩は、全て《過去》を表しており、ジャンヌが電車で吉野へ向かうシーンで強調されていた《郷愁》を色彩として落とし込んでいるのだ。そして、幻影から正真正銘の過去へワープする舞台装置としてトンネルが使われているのだ。

鈴は何者か?

アキの失踪と共に、智の元へ岩田剛典扮する鈴という寡黙な青年・鈴がやってくる。彼はどういう存在なんだろうか?恐らく、彼も森の神の一種だと言えよう。アキが失踪するも、ジャンヌはフランスに帰ってしまう。このままだと、森の神が不在となってしまう。そこで臨時として、鈴を出現させたのではないだろうか?智の犬がトンネルを超えて失踪してしまった際に、彼は死体となった犬を連れて帰っている。そして、何かを感じ取ったような目つきをしている。智はトンネルの先の秘密を知らない。また、ジャンヌが現れた途端に、消えようとする為、やはり森の神の一種なのではないだろうか。

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