フォーチュン・クッキー(Freaky Friday)
監督:マーク・ウォーターズ
出演:ジェイミー・リー・カーティス、リンジー・ローハンetc
アメリカン・コメディと聞くと、
大衆向けで大味なジャンルというイメージがある。
ましてや、制作がディズニーとなると、
癖がなくシネフィルにとって味気ないものを
創造するかも知れない。
しかし、映画も料理同様、
食べるまで分からないものである。
今回、私が味見した
「フォーチュン・クッキー」は予想を遙かに超える美味。
三越で売っているような高級クッキーでした。
洗練された脚本
まず、脚本が洗練されている。
5分に一度、修羅場を用意し90分台にまとめる
黄金比で観客に飽きさせることなく
爆笑を提供している。
しかも、その笑いに意外性と深さがある。
例えば、娘になった母親が学校で
「ハムレット」の分析をするシーンがある。
通常であれば、
彼女が癖のある先生を論破するか、
上手く答えられず娘の辛さを知るかの
アプローチで描く。
しかし、ここでは二重に要素を含んでいる。
まず、彼女は先生を論破する。
しかし、先生にFという最悪の
評価をつけられる。
これで、まず観客に「娘の気持ちがわかるシーン」
だと思わせる。
しかし、数十秒の間を置いて先生を再度論破。
しかも、先生の弱みにつけ込むという
シーンを入れることで意外性を出す。
この「ひねり」は、
「入れ替わりもの」の特徴である他人の情報を知っている
状態を活かせている上、
授業中に再度論破するのではなく、
間を置くことで観客に驚きの
笑いを与えることに成功している。
あまりに悔やまれるラスト
このように、洗練した脚本なのだが、
故にラストシーンに雑さが
目立ったのが非常に悔やまれるところだ。
あるイケメン青年は、
オーソドックスに主人公と結ばれるのだが、
あまりに唐突である。
一夜で、母親になった娘に恋し
告白までした彼が何故、
次の日に入れ替わり事件のことを
知らぬ状態で本当の娘に告白したのだろうか。
確かに、愛は見かけではなく
内面から生まれるとは言うが、
あそこまで熱狂的に母親の身体に
告白しデートまでしたにも関わらず、
何故簡単に乗り換えてしまうのだろうか。
ココは、母親と娘の魂が元に戻った段階で、
ライブ会場から駆けつけてきた彼が
母親にばったりと出くわす。
そこで、「娘さに会えるか」と尋ねる。
元に戻った母親は、たった一言
「行きなさい」という。
そして、元に戻った娘としばらくライブの
パフォーマンスや好きな音楽について語り合い、
そして「復縁しませんか」と言う。
こうすることで、母親と娘の和解を
強固にするとともに彼が娘を好きになる理由を
違和感なく挿入することができる。
このように、リメイク且つディズニー
制作のアメリカン・コメディと
非常にライトな作品ではあるが、
百聞は一見にしかず。観るまでは評価すらできない。
故に、映画は魅力的である。
先日観た、「SEXテープ」が
アメリカで評判が悪かったのだが
個人的に大傑作であった。
映画オタクとして、
こういった隠れた名作を発掘するのが使命
であると痛感させられた作品でした。
P.S.フォーチュン・クッキーは…
すっかり、フォーチュン・クッキーは
中国の伝統というイメージが強いのだが、
実は中国では有名ではない。
実は日本が作ったものらしい。
アメリカでは、学食で出るほど
メジャーな中国文化として
紹介されているが中国人の友人に
よると、中国の文化ではないとのこと。
不思議やね~
※レンタルショップで借りる際は、
似たタイトルに注意しましょう。
「フォーチュン・クッキー」予告編
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