“Ç”北斎の女もエロマンガを書く?「百日紅~Miss HOKUSAI~」

百日紅~Miss HOKUSAI~

百日紅

監督:原恵一
出演:杏、松重豊etc

最近、日本ではヘイトスピーチも盛んだが、
同時に外国人に日本の良さを語らす
テレビ番組作りも盛んだ。

実際、海外に行けば日本はせいぜい
「サムライ、ナガトモ、マリオ」
と片言の日本語ワードを知ってる程度の
人が大多数なのだが、
日本のテレビは世界のトップは日本だと
言わんばかりのプロパガンダをしいている。

もちろん、日本だってすばらしい和の文化が
あることは世界に自慢できる。
しかし、過度に世界にその美を押しつけようと
すると空回りのトンデモ映画ができあがる。

北斎の娘の話だが…

今回、あのクレヨンしんちゃんの「オトナ帝国」や
河童のクゥと夏休み」等傑作を生み出す
原恵一が杉浦日向子の同名マンガを映画化。

富嶽三十六景」やエロマンガでおなじみ
葛飾北斎…ではなくその娘に焦点を置く
意外性がここにあった。

しかし、てっきり天才である父を超えようと
意地張って頑張る娘の葛藤を描いている
と思いきやちーと違う。

ただただ、父親と一緒にお絵かきを
する映画という肩すかし内容になっている。

娘・お栄は父親に対して、「セッション」
さながら暴れることはない。
むしろ、父と弟子と一緒に
風俗に繰り出したり心霊体験
したりするだけなのだ。

しかも、恋愛描写も描かれているのだが、
途中であやふやにされ、
観ていて悶々とする。

敗因は「エロス」がない

恐らく、アニメ映画だから
露骨なエロスが掛けなかったのであろう。

正直、葛飾北斎を映画化するんだったら
絶対条件として「エロス」が必要だ。
新藤兼人の「北斎漫画」が、
確かにラストに急展開が待っているものの
楽しめる訳は、たこと女のプレイシーンを
ちゃんと実写で映像化しているからだ。

この作品は、まるでモザイクだらけの
ラース・フォン・トリアー作品みたいに
「そこ裸魅せろよ!」と怒りが
こみ上げてくるほど、じらすから
むかついてきます。

せめて、「セッション」のように
激しい親子の戦いを描くことで
解消できたのではないだろうか?

音楽と絵の使い方がヤバい

そして、今回ブンブンを絶頂までに
怒らせたのは、音楽と絵の使い方。
特に音楽の使い方が、近年まれに観る
大失敗。冒頭から和ロックをかますところから
危険な香りが漂っていたのだが、
ストーリーが進みに従って、
和ロックがロックに、ロックがピアノ曲に
変わり日本の良さを世界に広める気満々な
作品のくせに、当時の曲の旋律すら
使わない邪道に出た。

そして、映像も無駄にCGを使い、
意味づけを行っていない。
風立ちぬ」では抽象画タッチを
織り交ぜているが、あれはキチンと説明的に
使われている。
しかし、この作品ではとってつけたかのような
CG、そして思い出したかのように使われる
北斎タッチが鼻につく。

極めつけは、ラストのあのショット。
汚すぎて絶望した(^^;)

まあ、日本のアニメ技術は凄いが

日本のアニメやマンガって、
大衆受けしなさそうな文学的、厳つい作品を
大衆受けするように翻訳するのが上手い。

確かにこの作品、ブンブンが観た回では
拍手が起きた。これを実写でやると、
たぶんATG映画のようにアヴァンギャルドで
観る人を選ぶ作品になっていただろう。
それをキチンと万人が満足できる
形に持っていった腕は認める。

しかし、恋愛か家族ドラマどちらかに
焦点を絞るとか、ラストは
「幕末太陽傳」の幻のエンディング
風にするとか工夫の余地はあったと思う。

これじゃあ、河瀬直美映画よりもタチが悪い
「日本の美をアピールしてますよドヤ!」
感むき出しのむかつく作品だよ…

地雷作でしたm(_ _)m
「百日紅~Miss HOKUSAI~」予告編

関連項目

「北斎漫画」予告編

「風立ちぬ」予告編

「幕末太陽傳」予告編


1 個のコメント

  • 主人公のお栄は絵に色気がないことを悩んでいるのですから、エロスが描かれていないのは妥当だと思います。また、視点が異なるので、この映画と「北斎漫画」とを安易に比較することはできないと思います。

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