歌舞伎役者 片岡仁左衛門(1992)
監督:羽田澄子
評価:90点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
ポレポレ東中野にて羽田澄子の10時間46分におよぶドキュメンタリーシリーズ『歌舞伎役者 片岡仁左衛門』上映されている。昨年note創作大賞にて3時間を超える映画を100本紹介する記事を書くために長い映画をひたすら調べていたのだが、その時に発見できず、今回初めて存在を知った。実際に本作はほとんど鑑賞する手段がなく国内では17年ぶりの公開とのこと。それ故か、ポレポレ東中野は連日盛況で、初日夜勤前に行こうとしたら満席だった。気を取り直して平日のオフでまずは3本観てきた。正直、歌舞伎に関してはミリしらであり、幼少期に祖母に連れられて観たが、爆睡した記憶がある。だが、本作は前半3本観た感じ、どれも違った面白さがあり素晴らしい作品であった。
『歌舞伎役者 片岡仁左衛門』「人と芸の巻(中)」あらすじ
1988年の記録。舞台は、『菅原伝授手習鑑』の「学問所」「道明寺」(東京 歌舞伎座)、『妹背山 婦女庭訓』の「花渡し」(歌舞伎座)の様子が映される。その他、「芸談を聞く会」、大宮ソニックホールの舞台びらきで上演される『寿式三番叟』の翁の稽古風景、長野県松本で開かれたご贔屓の集まり、23歳の時にまとめた短編小説の話、列車好きなこと、祇園のお茶屋で仁左衛門自ら三味線を爪引く様子、片岡家のお盆などが収められている。
※ポレポレ東中野より引用
2つの世界に揺蕩う《遅さ》
「人と芸の巻(中)」では4月のオフシーズンと公演を交差させて描いている。興味深いことにどちらも片岡仁左衛門の《遅い》運動に力点が置かれている。その2つの運動の性質が決定的に異なることを提示しているように思える。オフの片岡仁左衛門は誰かの介助を必要とするほどにヨボヨボである。緑内障も進んでいるので、ルーティンの祈祷も目の前にある蠟燭の位置がわからず手元がおぼつかない。階段もゆっくりゆっくり歩いていく。一般社会に溶け込んだ老人といった趣がある。
一方で歌舞伎の場となると洗練された《遅さ》でもって、人々を惹きつけるものがある。歌舞伎の仮面を外した片岡仁左衛門を知っている我々にとっては、「本当に同一人物か」と疑うほどにオーラが異なるのだ。だから本作は単に対象や公演を撮っている作品ではない。歌舞伎の世界に生きる者を解体新書していく作品なのである。










