『ニーチェの馬』タル・ベーラ式ジャンヌ・ディエルマン

ニーチェの馬(2011)
A TORINOI LO

監督:タル・ベーラ
出演:ボーク・エリカ、デルジ・ヤーノシュetc

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

タル・ベーラ監督が亡くなった。彼の作品は自分の人生に多大なる影響を与えている。何を隠そう、VTuberとしての挨拶《ご無沙汰ンタンゴ》は『サタンタンゴ』から取ってきているからだ。通常は、映画人の追悼はあまりしないようにしているのだが、流石にタル・ベーラ監督となればちゃんと追悼したいということで急遽『ニーチェの馬』を観た。

『ニーチェの馬』あらすじ

「ヴェルクマイスター・ハーモニー」「倫敦から来た男」で知られるハンガリーの名匠タル・ベーラが、ドイツの哲学者ニーチェの逸話を題材に荒野に暮らす男とその娘、一頭の馬のたどる運命を描く。1889年、イタリア・トリノ。ムチに打たれ疲弊した馬車馬を目にしたニーチェは馬に駆け寄ると卒倒し、そのまま精神が崩壊してしまう。美しいモノクロームの映像は「倫敦から来た男」も担当した撮影監督フレッド・ケレメンによる。2011年・第61回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員特別賞)を受賞。

映画.comより引用

タル・ベーラ式ジャンヌ・ディエルマン

本作は、荒涼とした小屋に住む男女の6日間を描いている。起床、食事、馬の世話とルーティンをこなす中で徐々に違和感が現れ、なんとかして世界から脱出しようとするも脱出できない様を描いている。東日本大震災直後、そして世界が2012年に滅亡するのではと囁かれていた時代にキネマ旬報ベスト・テンが本作を1位にしたのも納得の終末っぷりである。

タル・ベーラ監督は気難しく、インタビューに対して抽象的に答える、もしくはそもそも応じないことが多いのだが、IndieWireの公開時インタビューは重要な資料となる。「言いたいことは言いつくした、誰にも自分の映画を真似されたくない」として本作を最後に引退したかれは、映画が既存の物語を再利用しているだけだとし、物語ではなく人生を描こうとしたと語っている。一方で、そのアプローチがどの作品から由来しているのかは明言していない。一般的に海外の批評では『ジャンヌ・ディエルマン』と比較されるが、明確にこの作品から引用していることは少なくてもWebのインタビュー記事では言っていない。だが、『ジャンヌ・ディエルマン』と比較すべき論拠は別の角度からのインタビューで分かる。

FILM COMMENT誌が『ストレンジ・リトル・キャット』公開時にラモン・チュルヒャー監督にインタビューした記事が重要である。タル・ベーラ監督は映画監督引退後に、弟子の育成へ力を入れる。その中には小田香がいたりする。そのメンバーのひとりにラモン・チュルヒャーがおり、彼はタル・ベーラのワークショップで彼から『ジャンヌ・ディエルマン』を勧められたと語っている。『ジャンヌ・ディエルマン』における平面構図論を教えてもらったラモン・チュルヒャーは部屋を抽象的空間にするため、角度をつけた撮影を研究し、『ストレンジ・リトル・キャット』へ反映させた。このインタビューは『ニーチェの馬』から数年後に行われていることから、またジャガイモ、ルーティンといったモチーフから9割型『ジャンヌ・ディエルマン』の影響を受けていると考えることができる。

その上で『ニーチェの馬』を観ると『ジャンヌ・ディエルマン』批評の側面があるとわかる。『ジャンヌ・ディエルマン』ではルーティンの末に映画的な結末を迎える。しかし、『ニーチェの馬』では物語を否定し現実的な人生を提示する目的があるため、村の外へ脱出した男女が、自分の居場所のなさから戻ってきて、終末を受容するしかない状況、間延びした時間が描かれる。それによって『ジャンヌ・ディエルマン』以上に現実を突き付けていくのである。このアプローチに惹き込まれたのであった。