『ミュート・ウィットネス』修羅場!ハッタリ!バトル・ロワイアル!

ミュート・ウィットネス(1995)
Mute Witness

監督:アンソニー・ウォラー
出演:マリナ・スディナ、フェイ・リプリー、オレグ・ヤンコフスキー、エヴァン・リチャーズ、アレック・ギネスetc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

巷で話題の『ミュート・ウィットネス』を新宿シネマカリテで観てきた。ワンコンセプトジャンル映画でありながら強固なロジックの中で自由に恐怖と笑いを編み込むスタイルに惹き込まれる一本であった。

『ミュート・ウィットネス』あらすじ

声を出すことができない女性が、偶然スナッフフィルム(実際の殺人を撮影したとされる映画)の撮影現場を目撃してしまったことから始まる、恐怖の一夜を描いたサスペンススリラー。

特殊メイクアップアーティストのビリーは、姉の恋人が監督するホラー映画の撮影のためにモスクワのスタジオを訪れていた。撮影後、忘れ物を取りにひとりでスタジオへ戻ったビリーだったが、不意にスタジオに閉じ込められてしまう。声を発することができないハンディキャップを抱えるビリーは、助けを求めてスタジオ内をさまよううちに、ある撮影現場に出くわす。最初はポルノ映画の撮影と思ったが、次の瞬間、目の前で女優の胸にナイフが突き立てられる。そこで行われていたのは、スナッフフィルムの撮影だったのだ。その現場を目撃してしまったことから、ビリーの地獄のような一夜が始まる。

監督は「ファングルフ 月と心臓」などで知られるアンソニー・ウォラー。主演はロシア出身の俳優マリナ・スディナ、共演に「ノスタルジア」のオレグ・ヤンコフスキー。「スター・ウォーズ」のオビ=ワン・ケノービ役で知られるアレック・ギネスが特別出演。2025年、デジタルリマスター版でリバイバル公開。

映画.comより引用

修羅場!ハッタリ!バトル・ロワイアル!

映画の撮影現場に閉じ込められた声が出せない女性ビリー。スタッフの声が聞こえ、藁にすがる想いで声の元へ辿り着くとスナッフフィルムの撮影現場であった。移民の女が惨殺される様子を目撃した彼女は2人のクルーから逃げることとなる。これだけで90分の映画になる所だが、『ミュート・ウィットネス』はあっさり30分でこの話を切り上げてしまう。本作は複数の人物による修羅場のクリフハンガーによって思いもよらぬ方向へと転がっていくタイプの作品だったのだ。声が出せない障がいをスペクタクルとして消費してしまう問題点を緩和するために、本作では複数の群が制約の中で目的を達成しようとする心理戦を通じて人間の推論からなる戦略的行動といった本質的な話に落とし込んでいる。窮地に陥りたとえ手元にあるアイテムがドナルドダックの謎の棒でもそれを使って戦うしかない様のリアルさと滑稽さのバランスはそれは深作欣二『バトル・ロワイアル』に通じるものがある。また、ビリーの姉と彼女の恋人である監督はアメリカ人故にロシア語での会話はほとんどできない。状況を把握しながら対話を試みようとするも上手くいかない制約が課されている。敵もまた、知らない情報があったり、背後の黒幕からの制約があったりする中でビリーを殺す必要がでてくるのだ。

スナッフフィルムを撮影していた2人は抜けているようで、巧妙に死体を隠すため、第二部の現場検証はスルーされてしまう。観客はビリーと同化し、敵の隙へと眼差しを向けるのだが、あと一歩のところで回避されてしまう。たとえば、警察の前で敵が大胆に殺人の再現を行うことにより、自分たちの行動がフィクションであることを証明することに成功してしまい、警察の眼差しから逃れることとなってしまう。映画撮影という虚構と現実の宙吊りの場が有機的に繋がりながら、最終的に再び撮影現場に籠城し魔の手から逃れようとする。この構造の美しさに惹き込まれたのであった。

もちろん、感覚的面白さも多く、ドリーショットや影を用いた緊迫感のある逃走劇はもちろん、怒り狂ったおじさんが出現するもあまりの惨劇を前に去ろうとする際のTシャツのデザインのおかしさなど楽しい描写に満ち溢れており素晴らしい映画体験であった。

※映画.comより画像引用