お引越し(1993)
監督:相米慎二
出演:中井貴一、桜田淳子、田畑智子、須藤真理子、田中太郎、茂山逸平、遠野なぎこetc
評価:90点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
相米慎二の主要作品は中学/高校時代に観ているのだが、当時は映画演出の勉強などしていなかったこともあり、イマイチピンと来るものがなかった。『お引越し』は特に観ているはずなのに、レンコが父の職場下へ来るところと、三角のテーブルぐらいしか記憶に残っていなかった。『ルノワール』や『海がきこえる』で、本作を観るのが急務となったので観直してみたら、これが凄まじかった。
『お引越し』あらすじ
「台風クラブ」の相米慎二監督が、児童文学作家ひこ・田中の小説「お引越し」を原作に、両親の別居に揺れ動く少女の心を躍動感たっぷりに描いた青春映画。
京都に住む明るく元気な小学6年生のレンコ。ある日、両親が別居することになり、父ケンイチが家を出て、レンコは母ナズナと2人で暮らしはじめる。最初は家が2つできたと無邪気に喜んでいたレンコだが、次第に自身を取り巻く変化の大きさに気づいていく。レンコは離婚届を隠したり、自宅で籠城作戦を決行したり、さらには以前家族で訪れた琵琶湖への小旅行を勝手に手配してしまい……。
オーディションで抜てきされた田畑智子が主人公レンコ役で鮮烈なデビューを果たし、数々の国内映画賞で新人賞を受賞。中井貴一が父ケンイチ、桜田淳子が母ナズナを演じた。1993年・第46回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品。2023年には4Kリマスター版が第80回ベネチア国際映画祭クラシック部門に出品され、最優秀復元映画賞を受賞。2024年12月、4Kリマスター版を劇場公開。
領域間遷移の浮遊感、翳りを隠す
相米慎二は、パトリシア・マズィに近い、領域間の遷移を通じた感情の揺らぎに特化した監督なのかもしれない。『あ、春』では、一流大学出て、証券会社で働く裕福な家に、ホームレス同然の父か現れる。過去が侵入することによって、社会の歯車として働くことの意義が突き付けられる。『台風クラブ』では、思春期の子供たちの破壊的な間でのありあまる力と家とは異なる領域における浮ついた気持ちを台風に重ねた。
そんな相米慎二の最高傑作が『お引越し』であろう。夫婦の別居を子ども目線から描いた作品なのだが、領域間遷移にフォーカスを当てることで、浮つく思春期少女の心を見事に掬い上げている。
確かに『ルノワール』を語る上で本作は外せないだろう。表層的な面でいえば、作文を読み上げる場面は露骨に引用されている。深層レベルで語るなら、家/学校の中間に感情の揺らぎを設ける様は『お引越し』に繋がる。レンコは学校と家を往復するルーティンをこなしているわけではない。家は家でも、母/父双方の家を巡る。学校があるのに、抜け出して父へ会いに行ったりする。また、ゲームコーナーでじゃんけんゲームをしたり、スーパーへ出かけたりとルーティンから逸脱し続けるのである。
現実は仄暗い翳りに包まれている。しかし、レンコにとってそのような翳りは真新しさから来るワクワクした気持ちにさせられる。その感覚を領域間遷移で描いているのだ。そして、本作が凄まじいのはこのような浮つき現実を捉えきれていない感覚を祭とクロスさせることで強調している点にある。レンコの背景では祭が行われている。山は業火で文字が書かれ、水のある場所では儀式が行われている。序盤において祭は遠巻きに収められるが、映画が進むと至近距離で映し出される。まるで死が更新しているような場へレンコは迷い込むのだ。このにじり寄るような遷移は、レンコが現実を受け入れるまでの過程を象徴しており、慧眼なギミックであった。
※映画.comより画像引用