『Sermon To The Fish』クレーン・ランタンはロケハンだった説

Sermon To The Fish(2022)
BALIQLARA XÜTBƏ

監督:ヒラル・バイダロフ
出演:Rana Asgarova、Orkhan Iskandarli、Huseyn Nasirov etc

評価:70点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第21回東京フィルメックスで最優秀賞を奪ったアゼルバイジャン映画ヒラル・バイダロフ。昨年の東京国際映画祭では新作『クレーン・ランタン』が上映されたが、監督自身が何を撮っているのか分からないと語る爆弾発言により物議を醸した。私も期待して観たのだが、カッコいい画を並べているだけで物語になっておらず退屈してしまった。しかしながら、2022年最新作『Sermon To The Fish』を観ると、『クレーン・ランタン』は本作を撮るためにあったことがよく分かった。

『Sermon To The Fish』あらすじ

Davud returns from war to find everyone in his village has succumbed to a strange illness and has decomposed. His sister, the only survivor, is slowly rotting away herself. Davud is troubled by his memories as a soldier, as he confronts the only true question: is surviving the same as living?
訳:戦争から戻ったダヴドは、村の全員が奇病にかかり、腐敗しているのを発見する。唯一の生存者である彼の妹も、ゆっくりと腐敗していく。ダヴドは兵士としての記憶に悩まされながら、「生き残ることは生きることと同じなのか」という唯一の真実に向き合う。

※Festival Scope Proより引用

クレーン・ランタンはロケハンだった説

どこかで観たことある、泥と水が混ざり合った黄金色の大地に錆びた電柱が立ち並ぶ空間が映し出される。完全に『クレーン・ランタン』で登場したあの光景である。今回はこの大地で物語を紡ぐ。戦争から帰ってきた男はPTSDに悩まされている。そんな彼が対峙するのは、奇病で腐敗していく村人であった。唯一の心の拠り所である妹もそ病に罹っている中で生きようとする。

本作は、癒えぬ痛み、引きずる痛みの表象として荒廃とした空間が使われる。運動は少なく、ゆっくりゆっくりと動く。または業火を前に停止している画が突きつけられる。その手数の多さと、強度の高さは『クレーン・ランタン』で錬成されたものを感じる。特に注目すべき場面は、部屋の中から外を捉える場面。画は縦長となり、窮屈の画の中で兄と妹が抱き合う。それを5分近くかけて描く。光輝く大地と、翳りある室内。それが織りなす閉塞感の中で愛を確かめ合おうとする切なさがこのシーンで良く表現されている。つまり本作を観ると『クレーン・ランタン』はロケハンだったことが分かる。

ヒラル・バイダロフ監督は市山尚三さんの好きな監督のようなので東京国際映画祭に来そうな気がするが果たしてどうなることやら。

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