【読書感想文】「独学の思考法」思考の手綱はいつの間にか他者に握られている

独学の思考法 地頭を鍛える「考える技術」

著者:山野弘樹

おはようございます、チェ・ブンブンです。

社会人6年目になるとプロジェクトマネージャーとして、社内政治の板挟みに悩まされることが少なくない。論理的思考の重要さが定期的にインターネットで説かれるが、その論理的思考にも、システム的な側面に寄り添う経営者/エンジニア目線の論理的思考と労働者/ユーザー、つまり人に寄り添う論理的思考がありそれが対立平行線の軋轢を生み出してしまうことがある。それに気づかずにいると、結局権力の強さによって判断してしまい負の連鎖を引き起こしてしまう。

数ヶ月前、本業が繁忙期を迎えていた頃。その板挟みに悩まされ大きなミスをしてしまった。入社6年目にもなると、嫌いな先輩の思考も読めるようになり、彼の思考を先読みすることで炎上を防げるようになってきた。自分としては、本業はとっとと定時で終わらせて映画活動をしたいので、ドライに彼の思考をコピーして仕事をしていた。自分の部署では、繁忙期になると大量の廃棄段ボールが出る。しかし、経費削減のため、自分のいるオフィスには段ボール回収の業者が来ない。なので、社用車で別のオフィスへ持っていく必要がある。自分は運転できない。だから、別のビルに行く予定がある人にお願いする必要があるのだ。

先輩からは、「段ボール移動は、誰かにお願いして、貴方は貴方しかできない仕事をしなさい。」と言われていた。なので、車内調整して、車で運ぶ人と荷下ろしする人を手配した。すると、同じ部署の契約社員の人から、「貴方も一緒に車に乗って段ボール下ろしする作業をした方がいいのでは?」と言われた。手配した人数としては足りているかつ、自分が往復する1時間の作業時間で別のことをした方が、生産性が上がる。また、自分がそれを行うことで、先輩や部長から時間を無駄にしていると怒られる未来が見えたので、同行はしないと話した。

これがきっかけで、論争に発展して平行線の議論となってしまった。時間のなさもあったので、私は先輩と部長という契約社員より高い身分を盾に論理的に相手を潰してしまったのだ。同じ部署のメンバーが仲裁に入りことなきを得たのだが、自分は論理的思考をしているようで、強者に寄り添っているだけだということに気づき反省した。と同時に自分なりの思考を磨かないといけないと思い、本を探していたところ「独学の思考法」というものを見つけた。

著者の山野弘樹氏は私と同い年。最近はVTuberを哲学の領域から研究している方とのこと。ピンと来たので読んでみました。

独学の思考法 地頭を鍛える「考える技術」概要

「自分の頭で考える力」が根本から身につく!
答えなき時代に独学を深めるうえで必須の「考える技術」を、気鋭の哲学者が徹底解説。

答えのない時代には
自分の頭で考え、学びを深める力=「独学力」が必須だ!

◆勉強の質を高める哲学メソッド
◆「良い問い」と「不適切な問い」
◆「一問一答式知識観」を捨てる
◆「ソクラテス式問答法」の問題点
……など

【本書の目次】

はじめにーー答えなき時代に求められる「独学の力」

プロローグ 「考える」とはどういうことか?
ーーショーペンハウアー『読書について』から考える

第1部 原理編ーー5つの「考える技術」

第1章 問いを立てる力ーー思考の出発点を決める
第2章 分節する力ーー情報の質を見極める
第3章 要約する力ーー理解を深める
第4章 論証する力ーー論理を繋げて思考を構築する
第5章 物語化する力ーー相手に伝わる思考をする

第2部 応用編ーー独学を深める3つの「対話的思考」

第6章 対話的思考のステップ1ーー「問い」によって他者に寄り添う
第7章 対話的思考のステップ2ーーチャリタブル・リーディングを実践する
第8章 対話的思考のステップ3ーー他者に合わせた「イメージ」を用いる

おわりに

Amazonより引用

思考の手綱はいつの間にか他者に握られている

ビジネス書はエナジードリンクに近い存在だと考えている。多くのビジネス書では、一見実践するのが簡単なこと、当たり前のことが書かれている。そして平易な言葉で書かれている。だから学んだ気になってしまう。しかし、実際にビジネスで活かされることは少なく、また別のビジネス書に手を出してしまう。そして、気がつけば時間だけが経ってしまい、薄っぺらく切り貼りされたビジネス書の表層的概念に支配された人となってしまう。noteで自己啓発系の記事を読むとなんとなくそれを感じる。エナジードリンクが健康の前借りとすれば、ビジネス書は思考の前借りであり、考えた気にさせてしまう危うさがある。

本書を読むと、最初に読書の虫だった山野弘樹氏がショーペンハウアー「読書について」と出会い猛省するところから語られる。読書をすれば知力がつくと思っていたが、読書は他人の頭で考えることであり、それが思索において有害なものとなってしまうことに気付かされるのである。これは映画にもいえることで、よく映画系のSNSアカウントが不適切な発言をして炎上する時に「映画をあんなに観ているのに何を学んだのか?」みたいな言い方がされるのだが、これも同類であろう。他者の考え抜かれた世界観にいるだけで、それは自分の思索の上にあるものではない。思索しているようで、他人の思考が入り込んでいるだけの可能性があるのだ。

では、読書や映画が他人の思索の痕跡をなぞっているだけなら、どのようにして思索すれば良いのだろうか?

彼は

・問いを立てる力
・分節する力
・要約する力
・論証する力
・物語化する力

に分けて解説している。

「問いを立てる力」では無意識な偏見を排除する必要の大切さが語られています。これは「自分はやらない」と思っていても答えを急ごうとするほど、生み出されてしまう者です。私も大学時代、卒業論文のテーマを「デンマーク映画は何故暴力的なのか?」というタイトルで書こうとしたところ、担当教官から「それは問いがよくない」と言われたことがあります。悪意がなくても男女や国籍といったものによる偏見が問いに出る場合がある。それを排し、そしてその問いがどの範囲まで適用されるのか、なぜそういえるのかといった普遍性を探ることで問いが生み出されてくると書かれている。

そして、自分が立てた問いに対してキーワードやイメージが出てくるが、それは具体的に何を示しているのかを掘り下げていくことで思索に深みが増していく。

次に、問いに対して集まってくる情報を振り分け(=分節)、そしてまとめる(=要約)する。本書ではレゴブロックに例えて、そのプロセスが解説されている。そして、論理の抜け漏れがないか検証する「論証」を行うことで、理論が独りよがりなものではないものに仕上がっていくのだ。

そして最後に、問いからそれを裏付ける論証に至るまでを物語として組み上げることで、説得力のあるものに仕上がっていくのだ。

こう聞くと「当たり前じゃん」と思うかもしれない。本書では、エナジードリンク化を防ぐために読者に問題を用意している。特に、簡単そうで難しい「要約」に関してはE・H・カー「歴史とは何か」を例に読者に作業を促している。実際にやってみると意外と難しい。そして、いかに読書は複雑なレトリックや構図を素通りして分かった気になっているかが思い知らされる。この気づきが得られたことは収穫だったと感じた。

本書の終盤では議論や対話のやり方についての解説が記載されている。このパートは、サラリーマンとして議論する機会が多い私にとって立ち回り方の勉強になる。特にチャリタブル・リーデイングの相手の理論を正しいものとして一旦、受け入れ、その理論では説明できない、理解できない部分についての意見を求めるやり方は応用できると感じました。ただ、非常に高度なテクニックであり、対等ではない状況の議論は慎重に使わないと炎上するなとも感じました(割と答えありきで誘導するような人が多い会社なんでね)。

世の中が最悪な方向に転がる時代。流れに任せていたら、思考していると思ったら、その手綱を他者に握られ操られてより最悪な状況に追い込まれるだろう。本書の理論を活かして、思索しながらサバイバルしていきたいと思いました。

なお、山野弘樹氏は7/24(日)に哲学若手研究者フォーラムでVTuberの哲学「VTuberがVTuberとして現出するということ」について発表を行うとのこと。楽しみだ。

※Amazonより画像引用