ブラジル-消えゆく民主主義-(2019)
原題:Impeachment
英題:The Edge of Democracy
監督:ペトラ・コスタ
評価:90点
おはようございます、チェ・ブンブンです。Netflixオリジナル映画は、劇映画こそなかなか自分に合うものが見つからないのですが、ドキュメンタリーは何を観ても面白い。先日、新鋭のドキュメンタリー作家ペトラ・コスタがNetflixと組みブラジルの腐敗した政治の変遷を描いた『ブラジル-消えゆく民主主義-』が公開されました。ペトラ・コスタは自殺した姉の痛みを乗り越えようとする『Elena』で注目された監督。女優の出産に迫った『Olmo & the Seagull』や老夫婦の人生に迫った『Olhos de Ressaca』でも力強くミニマムな世界を捉える作風でブラジルの映画賞を席巻しており、今ブラジル最重要なドキュメンタリー作家となっています。そんな彼女の新作『ブラジル-消えゆく民主主義-』はまさしく未来の、いや今の日本を投影しているような作品でした。
『ブラジル-消えゆく民主主義-』概要
政治ドキュメンタリーとしての史実と個人的回想を織り交ぜて、2人の大統領の盛衰をたどることでブラジル政治の変遷と真の姿を丁寧に紡ぎ出す。
※Netflixサイトより引用
正義のヒーローも漆黒の闇に吸い込まれる
本作は、カステロ・ブランコ将軍による軍事独裁政権に始まり、その後のジョゼー・サルネイ政権で陥ってしまったインフレによって貧しさに喘ぐ市民にとって希望の星となった労働者党出身のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領就任から現在までのブラジル社会情勢を語った作品。ある種、新書のような語り口となっており、ブラジル情勢に疎い人でも分かりやすくブラジル社会に触れることができます。
そしてここでは《あなたの知らないブラジル政治の世界》が提示される訳だが、これがとてつもなく恐ろしい。元々ブラジルは権力を掌握する軍人や資本家が国を牛耳っており、労働者サイドから政治に参入できるのは約400議席あるうちのたった2議席であった。そこに登場したのはルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ。圧倒的カリスマ性と不屈の精神で、数度に渡る落選にめげず選挙に出馬し、遂には大統領の座を仕留めた。この出来事はブラジル市民にとって明るい未来が見えた瞬間であったが、実は大統領は妥協の末に大統領になっており、資本家寄り統一戦線的性格が強い過激政党ブラジル民主運動党と手を組む形で政治を動かすこととなった。この連立政権により少数独裁がブラジル社会を再び覆うこととなったのです。それでもルーラは、この苦肉の策で投じることとなった歪んだ政治の中で生活扶助(ボルサ・ファミリア)というプロジェクトの導入により2,000万人を貧困から救った。毎月最貧困家庭に30ドル支給する政策によって、アフリカ系移民の大学進学率は3倍にも伸び、失業率は過去最低の記録を叩き出し、リーマン・ショックから始まった2008年の金融危機の際には世界経済力ランキングで8位に登りつめることができました。
しかしその功績も次第に翳りが見えて来るのだ。というのも、常に裏ではブラジル民主運動党や資本家勢力が彼の失脚を狙っており、着々と政権を権力者に掌握しようと準備を進めていたのです。憲法規定により三選を禁じられていたので、彼はジルマ・ルセフを次期大統領に指名しました。彼女はブラジル初の女性大統領として期待されていたのですが、ここから地獄道へと陥ってしまう。ルーラが石油会社ペトロブラスから不正に金を得たとして逮捕されるのだ。そして次々とマネーロンダリングと収賄の疑惑がスキャンダルとしてブラジル社会に突きつけられ、ジルマはその対処に追われるようになるのだ。それによって、デモが勃発するようになり政治が不安定となってしまう。その結果失業率が8%にまで昇り、彼女の支持率も一桁台にまで失墜してしまうのだ。こうして、政権がどんどんと資本家や軍によって掌握されていく。三権分立もどんどん境目がなくなっていき、ジルマを失脚させるために裁判所と政治家が癒着するようになっていくのだ。
ペトラ・コスタは三権分立の象徴であるブラジリアをバッグに、民主主義が機能している時は、資本家が怯えている時だと語る。そして、希望の星が真っ黒闇に吸い込まれていく様に怒りを表明していくのです。
本作を観ると、全くもって日本も他人事ではないことがよく分かる。今や日本の政治は汚職に覆われている。統計データは改竄され、デモがあれども政治は変わらない。消費税を上げたり、年金支給年齢を引き上げたりして、弱者に厳しくしつつ、大企業には税制面で優遇していく。ドンドン貧富の格差が広がり、今や子どもを産むことすら特権階級のように見えてしまう。またミクロな面で見れば、吉本興業の芸能人が闇営業していた話にも通じるものがある。吉本興業はギャラの9割が吉本興業に入る仕組みであることは有名だ。お笑い芸人は、仕事を得るために必死に活動していく中で、反社会組織から闇営業の誘いが来たら貴方なら逃げ切れるだろうか?
例え正義感溢れる人でも堕ちてしまう闇というものを描きつつ、そこに渦巻く闇に怒りを表明するこのドキュメンタリーは、闇に吸い込まれやすい日本に住む我々にとって観なくてはいけない一本と言えよう。
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