エルサレムの路面電車(2018)
A Tramway in Jerusalem
監督:アモス・ギタイ
出演:ヤエル・アベカシス、マチュー・アマルリック、ラミス・アマル、ピッポ・デルボーノetc
評価:30点
東京フィルメックスでアモス・ギタイの新作『エルサレムの路面電車』を観てみた。アモス・ギタイは社会派をアートで表現しようとしている厄介な監督というイメージが強く、割と避けてしまう。映画祭とは、そういう監督作品とも向かい合える場所なので、ここは対峙して観ることにした。
『エルサレムの路面電車』あらすじ
エルサレムのトラムウェイに乗り合わせる乗客たちのユーモラスな日々を描いた群像劇アモス・ギタイのコント集
本作は、明確なストーリーがあるわけではなく、様々な乗客のユーモラスなやり取りを並べたコント集的作品である。まるで、コント劇場で延々と芸人のコントを観ているような作品なので面白いコントとつまらないコントの落差が激しく、体力的に厳しい映画体験となる。コントの前には時間が表示され、それが次のコントの合図となる。つまらないコントが続いた時に観るこの時計表示がブンブンに絶望を与えます。
それでも面白かったコントがいくつかあるので紹介する。
まず、序盤に展開されるサッカーのサポーターVSフランスの監督という話がとても面白かった。フランスからサッカーの監督がやってきてエルサレムの監督と一緒にテレビの取材を受ける。しかし、後ろでガヤのように騒ぐサポーターが煩く、またエルサレムのサポーターがベラベラと話すので、全く会話にならない。四方向からボールを投げられる地獄の言葉のドッヂボールにフランスの監督が辟易していく様は抱腹絶倒であった。
そしてもう一つ面白いエピソードがマチュー・アマルリックパートにある。息子を連れているアマルリック扮するおっさんは、なんとなくトラムに乗り合わせた人と世間話をするのだが、相手夫婦が「わが軍隊は最強なのよ」と現世の先を見てしまっている危ない目線で語り始め、どう会話を終わらせようかしどろもどろになるパート。マチュー・アマルリックの困り顔を楽しめただけでも救いだと感じた。
アモス・ギタイ監督は本作のリアリズムとユーモアの渦から、イスラエルおよびパレスチナ自治区が抱える差別や息苦しさを描こうとしているのだが、結局自己満足が強いアート映画のレベルを越えることができず、多くの観客に苦痛を与え続ける作品であった。もし、観る機会があれば体調がいい時に観ることオススメします。
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