【ネタバレ解説】「ムーンライト」はジェームズ・ボールドウィンの世界だった件

ムーンライト(2016)
MOONLIGHT(2016)

監督:バリー・ジェンキンス
出演:トレバンテ・ローズ,
アシュトン・サンダース,
ジャハール・ジェローム,
マハーシャラ・アリetc

評価:40点

第89回アカデミー賞で、なななんと強豪「ラ・ラ・ランド

」を倒し「ムーンライト」が大逆転優勝作品賞を奪取した。2014年度アカデミー賞で最有力候補だったインディーズ映画「6才のボクが、大人になるまで。

」が作品賞獲れず、業界ウケ映画「バードマン

」が作品賞を受賞した前例もあり今回の結果は非常に驚いた。

しかも、今回は「6才のボクが、大人になるまで。」とは違い、私小説のように小さくそして賞を獲りにくいLGBT映画だった。そんな「ムーンライト」をTOHOシネマズ日本橋で観てきたぞ!

「ムーンライト」あらすじ

マイアミの貧困層で暮らすシャロン少年の人生を少年期、ティーンエイジャー期、成人期の3つに分けて描いた作品。学校ではイジメに遭い、家では情緒不安定な母親の罵声が飛び交う逃げ場のない状況を救ってくれたのは近所の麻薬ディーラーのフアンと唯一の友だちケヴィンだけだった。そんなシャロン少年の心にケヴィンに対する愛情が芽生えていき…

ジェームズ・ボールドウィン映画だった!

本作は、タレル・アルビン・マクレイニーの半自伝内容の脚本に惚れ込んだバリー・ジェンキンスが映画化したもの。原案者のタレル・アルビン・マクレイニーはシカゴのデポール大学演劇学校で演劇の学位を取得し、名門イェール大学に進学しているだけに、恐らくジェームズ・ボールドウィンの影響を受けているのでは?と考えることができる。当然ながら、脚本に惚れ込んだバリー・ジェンキンスも影響受けているのでは?と考えることができる。

というのも、本作はそこら辺の文学映画より文学文学してます。貧困と同性愛による差別に苦しむ男の葛藤を、心の奥から絞り出すように少なく繊細な台詞で描いている。現実の廃墟の中に美を見出す作りが非常に文学的でした。そしてその演出が、まるでジェームズ・ボールドウィンの小説のようでした。

ジェームズ・ボールドウィンとは、日本ではそこまで知られていないものの、アメリカでは知らぬ者はいない黒人小説家。実際に、ブンブンもリービ英雄ゼミで「Sonny’s Blues」を扱いました。彼の小説は、人種問題や性に関する葛藤を描いたものが多く、「Another Country」と「Tell Me How Long the Train’s Been Gone」では黒人の同性愛心理を扱っている点「ムーンライト」と共通している。

実際に調べてみたらLos Angeles Times

ではっきりとバリー・ジェンキンス監督は次のように解説しています。

“What I love about what Baldwin does is that the plot is important, but the emotions are much more what he’s about. That’s the way ‘Moonlight’ works too.”
訳:「ボールドウィンがしているが大好きなのは、プロットが重要だということにある。しかし、彼のこと以上に『感情』が重要なのです。それが『ムーンライト』の仕組みなのです。」

やはり、ボールドウィンを意識した作品作りをしていることが分かる。
実際にブンブンは同性愛ものではないのだが、「Sonny’s Blues

」(※リンクをクリックすると読めます)を読むと、「ムーンライト」からも感じ取ることができる詩的な表現があります。

例えば、

When he was about as old as the boys in my classes his face had been bright and open,
there was a lot of copper in it; and he’d had wonderfully direct brown eyes, and great
gentleness and privacy.
訳:ぼくの教えている少年たちと同じ年頃には、サニーの顔は晴れやかで無邪気だったし、銅色に輝いていたものだ。とても素直そうな鳶色の眼をして、大変おとなしく、自分のことをひとに語りたがらないのだ。

※山田詠美訳(「せつない話」より引用)

These boys, now, were living as we’d been living then, they
were growing up with a rush and their heads bumped abruptly against the low ceiling of their
actual possibilities. They were filled with rage. All they really knew were two darknesses, the
darkness of their lives, which was now closing in on them, and the darkness of the movies,
which had blinded them to that other darkness, and in which they now, vindictively,
dreamed, at once more together than they were at any other time, and more alone
訳:この少年たちは、いま、ちょうどぼくたちのあの頃と同じような生き方をしている、性急に成長するあまり、現実の可能性という低い天井にいきなり頭をぶつけてしまうのだ。彼らは激怒を身に張らせている。彼らが本当に知っているものといえば二つの暗闇だけなのだ、それは身にひしひしと迫る生活の暗闇であり、またこの一方の暗闇に眼をつぶり、復讐心に燃えて、いつにもまして連帯感を感じつつ、また同時にいっそうの孤独のうちで夢想する、映画館の暗闇であった。
※山田詠美訳(「せつない話」より引用)

これらの凄まじくも繊細なエッセンスを、皮膚に反射させる青い色彩でもって作り出す不思議な画面で見事に再現。とにかく美しくて美しくて引き込まれた。

しかし、物語構成が致命的にダメ

ただ、that’s it. それだけだった。

物語構成が致命的にまずかった。
本作はある黒人シャロンの生涯を3つの時代に分けて描いている。バリー監督は、3つの時代のシャロンを演じた役者達を決して顔合わせさせないことで、それぞれのシャロンに色を出そうとした。しかし、3つの時代が断絶している故に、シャロンが何故「沈黙」するのか、各時代の「沈黙」が浅いものになってしまっている。

親、同性愛、過去とそれぞれシャロンが抱える闇が違うため、沈黙する理由は違う。
それが交錯する、あるいは積み重なることで深みがますのだが、各時代の結びつきが薄いので単一の深みしかでてこない。

さらに、2部と3部の行間が広すぎて、
シャロンの葛藤が十分に描かれていないのが非常にマズイ。
ケヴィンとの愛を友情を破壊した、レゲエ頭のワルを椅子で殴りシャロンは刑務所に入れられる。愛するケヴィンと離ればなれになる。過ぎ去った時間、もうあの頃には戻れない。それでも、もう一度ケヴィンに愛を伝えたい。愛を伝えないと自分の情緒が保てないという葛藤を描きたかったのだろう。なんなら、1部はいらない。1部と2部の時間的行間と2部と3部の時間的行間にあまりにも差があるから。

あえて3つの時代でえがくのなら、 3部,2,部,1部の順で物語を展開した方が良かったのでは?と思う程、とにかくその行間が個人的にダメだった。

つまり、本作はテレンス・マリックの「ツリー・オブ・ライフ」同様、映像も役者の演技は詩的で良いのに、私的に物語展開をし過ぎて、がっかりな作品でした。

ここ最近のアカデミー賞作品賞は、ランキングに入れる程良い作品がなく哀しいぞ。

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