3.チェコ・アニメーションの歴史
エスクァイアマガジンジャパン出版
「チェコアニメ新世代」によると、
チェコアニメーションを
発展させた第一人者として
ヘルミーナ・ティールロヴァーが挙げられる。
彼女は、チェコのグラフィックデザイナーであった
カレル・ドダルの元でアニメーションの手法を学ぶ。
チェコ東部ズリーンのスタジオで彼女はアニメを
制作し始めた。彼女の初期の作品
「おもちゃの反乱(1946)注2」で既に、
実写とアニメの融合が実現していた。
これはナチスの進撃に立ち向かう作品で、
ナチスは実写、おもちゃの動きはアニメーションで
表現されている。彼女に触発されて、
その後沢山のアニメーターが様々な
技術を競うようにして生み出し
チェコ映画のアイデンティティを築いた。
カレル・ゼマンはSF映画の父である
ジョルジュ・メリエスのオマージュを
掲げた作品を制作する上で、
フィクションと実写の合成技法を編み出した。
私が留学中訪れたFilm Special Effects MUSEUM注3
によると、「前世紀探検(1955)」では、
カメラの目の前に巨大な恐竜像を配置し、
奥で映像を投影することで
遠近感を出すフロント・プロジェクションの
応用技術を開発した。
また「悪魔の発明(1957)」では絵を多層に作り込み、
各層を動かすことで奥行きを表現する
技法が効果的に使われていた。
人形劇団からはイジー・トルンカが、
「チェコの古代伝説(1953)」で沢山の戦士の戦い
の様子を風感じさせる動きで描いている。
また「手(1965)」では、実写の手の動きと
ストップモーションアニメが融合した
作りとなっており、人形劇を彷彿させる物体に
人間がリアルタイムで命を吹き込む演出がされていた。
ここ数十年、今までチェコアニメーション
監督が築き上げてきた技術を踏襲しつつ、
シュルレアリスムの要素を取り入れる
ヤン・シュヴァンクマイエルが世に名を轟かす。
日本のアニメは「AKIRA(1988)」を始め、
暴力要素の強い大人向けの作品が作られるが、
彼の作品も徹底して、性や暴力の問題と向き合っている。
人間を食べる「フード(1992)」、
人間の性癖をスキャンダラスに描いた
「ルナシー(2005)」、
そして日本では
R-18で公開された性的描写の激しい
「サヴァイヴィング ライフ 夢は第二の人生(2010)」
等多数制作された。
このような変遷を経たチェコ映画だが一貫して、
伝統を守り続けていると言える。
「トイ・ストーリー(1995)」のような
大量生産されたおもちゃを動かすのではなく、
チェコの土産屋で売っていそうな
ハンドメイドの人形を動かす。
「コララインとボタンの魔女(2009)」
「パラノーマン ブライス・ホローの謎(2013)」等を
制作するライカ社映画のような全部の
人形を会社で制作し、
質感を完全にコントロールしている訳でも無い。
身近な雑誌の切り取りや瓶を取り入れる事で、
アニメーションにも関わらず日常の生活感を
滲み出しているのだ。
「屋根裏のポムネンカ(2009)」は金属や
材木のリアルな傷みをも映像に
取り入れる為、
まるでチェコのある家に訪れたような感覚を体験できる。
4.チェコアニメのアイデンティティ
チェコは17世紀以降オーストリア=ハンガリー帝国、
ナチス、ソ連軍と支配の歴史が長らく占めていた。
その憂さをブラックユーモアに包んだ娯楽
として人形劇や文学が発達する注4。
エスクァイアマガジンジャパン出版
「チェコアニメの巨匠たち(2003)」によると、
18世紀~19世紀にかけて人形遣い
マチェイ・コペツキーなどの手によって
カシュパーレクというキャラクターを
生み出した。このキャラクターは
チェコ人の、ハプルブルク家による支配に
対する面従腹背の心をユーモラスに
反映し人気を博したとのこと。
また、20世紀に入るとチェコでは
アヴァンギャルド芸術、
シュルレアリスム芸術が流行。
カレル・ダイゲのコラージュ、
インジフ・シュティルスキーの
シュルレアリスムアートが話題となる。
カレル・チャペックがロボットの語源を
作ったと言われる小説「R.U.R.」や「山椒魚戦争」を発表。
支配と反乱をテーマにした話が話題となる。
いずれの芸術も、不条理な社会に対する反抗、
内面的不安をユーモアでオブラートに包んでいる。
また、いずれの芸術もコントロールする
者とされるものを強調している。
そして、露骨に世の中を批判するのではなく
カモフラージュさせている。
例えば、人形劇は操る人と操られる
人形との関係を強調した芸術である。
人形浄瑠璃では人形の操り手を
意識させないように黒子を用い、
人形の中に手を差し込み動かすが、
チェコの人形劇では露骨に操る糸を見せる。
そして、人形劇という滑稽な造形や動きで、
物語のシリアスさを緩和させている。
よってカシュパーレクの物語や
ヤン・シュヴァンクマイエルの
「ファウスト(1994)」劇中で登場する
人形劇のようにチェコの作品では
特にこの関係が強調される。
チェコアヴァンギャルド、
シュルレアリスムをテーマにした絵、
コラージュ作品も、「切り抜き」を観る者に
意識させることで、
作品が作り手にコントロールされていることを
強調させ、且つメッセージを暗号化させている。
ヤン・シュヴァンクマイエルはインタビューで次のように語っている。
「チェコ人は正に、ヨーロッパの中心部に位置する
小さな民族です。古くから大きな民族の権力的な
関心が交錯してきた場所です。
チェコ人は自らの存在の大部分が
他の民族の支配下にありました。
こうした場合において、
国民は宗教的な気遣いになるか、
ブラックユーモアに陥るしかないのです。
チェコ人の場合は、幸いにその二つ目でした。
チェコ人にとって、これは防塞、
そしてアイデンティティを保つ為とも言える手段です。注6」
そのような、チェコ芸術の一つとして
「アニメ」があるのだ。
チェコアニメ芸術は1947年に
チェコ国立芸術大学(AMU)が映画学部
FAMUを設立注5以降、
伝統が継承され続けている。
AMUグループは他にも演劇学部(DAMU)に
人形劇学科が存在するなど伝統技術を
国家ぐるみで若者に継承している。
尚、FAMUは入学料、
授業料が無料なため毎年競争倍率が高いとのこと。
5. 結論
チェコ映画は17世紀以降、
様々な巨大国家に支配され続けていた。
その支配に対する抵抗として芸術に力が注がれていた。
人形劇や小説、絵画などを用いり、
人間の活動と芸術を同時に観客に魅せる
技術がチェコ芸術を発達させた。
1985年リュミエール兄弟が
「映画」という新しい芸術を創造して以降、
チェコは「アニメ」という新しい表現方法を編み出した。
伝統の人形劇、コラージュを活用し、
さらに人間の活動と芸術を同時に観客に魅せるべく、
実写とアニメを同じ画面内で表現する手法が編み出された。
その結果、「おもちゃの反乱(1946)」
「アリス(1988)」といった作品が生まれた。
前者はナチスへ対する批判を、かわいらしいおもちゃを
使うことで柔らかく表現している。
後者は「不思議の国のアリス」を題材にしているが、
閉塞感を使ったブラックユーモアを多用することで
支配に対してシニカルに向き合う。
つまり、チェコアニメが他国に類をみない
技術を生み出し発展した背景には皮肉にも、
支配の歴史が存在していたことにあったのである。
→NEXT:注・参考資料リスト
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