À pied d’œuvre(2025)
監督:ヴァレリー・ドンゼッリ
出演:バスティアン・ブイヨン、アンドレ・マルコン、ヴィルジニー・ルドワイヤンetc
評価:60点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
第82回ヴェネツィア国際映画祭にて出品されたヴァレリー・ドンゼッリ監督新作。写真家であり作家のフランク・クールテーの自伝を映画化した作品となっている。これはフランスの作家の話に留まらず、日本のライターやYouTuberでも当てはまるような内容で胸が締め付けられる生々しさがあった。
『À pied d’œuvre』あらすじ
A photographer at the peak of his career abandons his success to pursue writing, facing financial hardship and personal struggles as he chases his true passion.
訳:キャリアの絶頂期にある写真家が、成功を捨てて執筆活動に専念する。真の情熱を追い求める中で、経済的な苦難や個人的な葛藤に直面する。
好きなことで生きるは呪いとなる
フランク・クールテーは、元々ポートレートを専門とする写真家として活動していたのだが、次第に作家業に専念するようになり遂には写真家としての活動を休止してしまう。その経緯は2018年の「La dernière photo(最後の写真)」で語られている。彼は2013年の短編集「Autorisation de pratiquer la course à pied(ランニング練習許可)」でフランス文学者協会賞(SGDL)から賞をもらうも、それ以降は収入が減り続けて最終的にギグ・ワークで食いつなぐこととなる。2023年にその一連の流れを「À pied d’œuvre(仕事中)」に収めた。
この経歴だけ見ても胃がヒリヒリするものがある。要は「好きなことして生きる」をモットーに今の地位を捨ててキャリアチェンジに全ベットするのだが上手く行かず、その経験を消費したまたま書籍化/映画化されたって人生なのだから。2016年頃にヒカキンやはじめしゃちょーが「好きなことして生きる」と語り、2020年代にはVTuberがブレイクスルーを起こしてYouTubeを始める人は増えたが、その多くは数年で消えていった。私は会社員をしながら映画ライターをしているが、身の回りで大変そうなフリーランスライターを見てきている。昨今国際映画祭では《ギグエコノミー問題》をテーマにした作品が制作される傾向にあるが、自分の話のように胃が痛くなってきた。
本作は、正直ステファヌ・ブリゼが撮るような労働問題映画やギグエコノミーを扱った『L’histoire de Souleymane』と比べると困窮のレベルが生温いのと、結局この労働があってそこそこ成功しているため映画としては微妙なのかもしれない。ただ、ギグエコノミーにおける構造的ダンピングに巻き込まれて低賃金で心身すり減らしていく中で、彼のクリエイターとしてのイメージをフィルムのようなざらつきある映像で表現し、脳内だけにあるイメージと現実とのイメージのバランスを崩していくアプローチは興味深い。特に、黒人の労働者が店に入ってくる様に眼差しを向ける際の突然、そして無理矢理《映画》のような質感になる様が強烈で、「俺は絶対に目の前の経験を創作に活かしたる」といった魂が滾っていた。私自身、仕事中にブルシット・ジョブや理不尽な目に遭った際にはシネマティックモードで現状を捉え、いつか文章にしてやると思って困難を乗り越えているので共感した。
それにしてもフランク・クールテーは成功した作品のタイトルに含まれている「à pied(徒歩で)」を擦るような形で「À pied d’œuvre」とタイトルをつけているのが面白いなと思う。「À pied d’œuvre」自体は《仕事中》という熟語なのだが、「À pied(徒歩で)」に「œuvre」という芸術作品と労働を含んだ単語を繋げている熟語を見つけてきてタイトルにしている点、コンセプトとして強固に思えた。









