恋愛裁判(2025)
監督:深田晃司
出演:齊藤京子、倉悠貴、仲村悠菜、小川未祐etc
評価:60点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
深田晃司監督新作のタイトルが発表された時、耳を疑った。
「えっつ?ボカロを映画化するのか」と。
『脳漿炸裂ガール』の前例があるため取り乱したが、すぐにそれは違うと判明した。「元アイドルの女性に賠償命令」という新聞記事から着想を得て10年かけて完成させた作品である。主演は日向坂46・元メンバーの齊藤京子。昨今、《推し活》がバズワードとして拡散され、メディアによって消費行動を促す装置として扱われている。この現象に関しては様々な領域で毀誉褒貶巻き起こっており、創作の部分でも「推しの子」や「イン・ザ・メガチャーチ」などといった作品で批評されている社会現象である。そして、煌びやかである一方で翳りの多い「アイドル」は時として、活動休止、契約解除、卒業といった形で現出する。これはアイドルに疎い私ですら、頻繁にSNSのタイムラインで見かけるし、アイドルの延長として存在するVTuber文化でも散見される。この構造的闇に深田晃司監督はどのように切り込むのか気になっていた。
実際に蓋を開けてみると、アイドル映画というイメージから想像するスペクタクルでもゴリゴリの法廷劇でもない。公開日に公式が出した、本作の主人公・山岡真衣が契約解除された設定で、アイドル事務所がSNSに投稿するお知らせ画像のパロディから漂うお茶目さとも異なる奇妙な視点が広がっていた。
このアプローチは観客に困惑と退屈さを与え、決して着地が巧くいっているとはいえるものではないのだが、この角度から描くことにこそ意味がある作品に思えたので書いていく。
『恋愛裁判』あらすじ
「淵に立つ」「LOVE LIFE」の深田晃司監督が、アイドルの恋愛禁止ルールを題材に描いたオリジナル作品。恋愛禁止ルールを破ったとして裁判にかけられる女性アイドルの姿を通して、日本で独自に発展したアイドル文化と、その中で暗黙の了解とされてきた「アイドルの恋愛禁止」問題について切り込んだ社会派ドラマ。深田監督が「元アイドルの女性に賠償命令」という新聞記事に着想を得て、構想から10年をかけて完成させた作品で、主演をアイドルグループ「日向坂46」元メンバーの齊藤京子が務めた。
人気上昇中のアイドルグループ「ハッピー☆ファンファーレ」でセンターを務める人気メンバーの山岡真衣は、中学時代の同級生・間山敬と偶然再会し、意気投合して恋に落ちる。アイドルとしての立場と恋愛との間で葛藤していた真衣だったが、ある事件をきっかけに衝動的に敬のもとへ駆け寄る。それから8カ月後、真衣は所属事務所から「恋愛禁止条項」の契約違反として裁判所に召喚されることになる。裁判では、事務所社長の吉田光一やチーフマネージャーの矢吹早耶らが真衣を追及するが……。
元アイドルである齊藤が、その経験を生かして真衣の葛藤や成長を繊細に演じた。真衣と恋に落ちる間山敬役にドラマ「SHOGUN 将軍」の倉悠貴、所属事務所チーフマネージャー・矢吹早耶役に「極悪女王」の唐田えりか、事務所社長の吉田光一役に人気声優であり俳優としても映画やドラマで活躍する津田健次郎。2025年・第78回カンヌ国際映画祭のカンヌ・プレミア部門に正式出品された。
アイドル関してこれまでになされた毀誉褒貶相半ばする全評価に対する反駁
本作は2部構成となっている。前半1時間は、アイドルグループ「ハッピー☆ファンファーレ」の日常を描いている。アイドルフェスに向けてライブに握手会に大忙し。営業的活動が多いため、ボイトレなどの時間が取れずメンバーは不満を抱えているが、マネージャーから「それは言い訳」と返される。握手会も人気、不人気が明確に分かれており、ひりついた空間が流れるも、シスターフッド的友情で繋がっている。ある日、男遊びしている動画が流出したことでメンバーのひとりが窮地に立たされるのだが、ライブが迫っていることもあり、マネージャー陣が尻ぬぐいしている横でアイドルフェスに向けて準備を進めていく。
一方その頃、主人公の山岡真衣は中学時代の同級生である間山敬に想いを寄せていた。奇術師としてキャリアを歩む彼に惹かれつつも、恋愛禁止なアイドルといった立場に葛藤していくわけだが、メンバーのスキャンダルによるマネージャー陣の態度を通じて業界の構造に違和感を抱き駆け落ちしてしまう。
映画の後半では、この事件をきっかけにアイドル事務所が山岡と間山に賠償請求をする裁判の様子が描かれる。
しかし、どちらのパートもスペクタクルを拒絶したかのように抑えたトーン、間延びした時間が表現される。成瀬巳喜男『乱れ雲』をにおける手続きのアクションを通じて人間心理を描く手法がさらにドライになった質感で淡々と冷静に生々しく事象を見つめていくのである。裁判はマスコミ沙汰になり、社会現象としてファンや外野が声高らかに批判するレベルに発展しない。ハッピー☆ファンファーレも山岡が追放されている状況下でも何事もなく活動は続いているのである。一般企業同様、属人的な仕事だと思っていたものが、対象が抜けたところで回ってしまう。それを目の当たりにした時の孤独が描かれているのである。また、現代の日本的連帯を捉えている点も興味深い。日本の場合、欧米以上に個人主義であり、社会問題に対してデモやストライキを起こすことは少ない。構造的に変えられないことを諦観し従順か泣き寝入りしているように思える。しかし実際のところ、共に手を取り合って闘うというよりかは、部分的に寄り添えるところだけ寄り添うギルド的連帯があったりする。実際に、私の職場でも賃上げ交渉は構造的に難しいことがわかっておりメンバーは諦観しているが、構造の脆弱性は共有し合い、制度としてナーフされる前にその脆弱性を突いて利を最大化しようとする活動で構造的問題に抵抗している。「ハッピー☆ファンファーレ」も問題は生じ、一見するとメンバー間がバラバラになりつつも、内容によっては相いれない部分はあっても、必要に応じて歩み寄る。
深田晃司監督は近年、映画業界の労働問題是正を牽引する活動を行っているため、アイドルの問題を描く中で日本的連帯像を見出そうとしているように思えるのだ。そして、アイドルの問題に関しては、事務所が用意するアイドル成長譚というステージは用意されていても、ライフステージに関する保証はしておらず、それは業界ルールとして契約書に盛り込まれている点を強調している。ただビジネスの世界では契約書ベースであり、「夢を追うのに必死だったからその契約を飲まざる得なかった」といった感情面で山岡に感情移入させるのは無理がある。労働契約に厳しくなる必要がある立場の深田晃司監督にとってこの映画の着地は相当な葛藤があったと思わせるものとなっており厳しい結末を迎えた。
ただ、このような苦労の形跡で編み込まれた物語は「推し活」論がスペクタクル的イメージによって見え辛くなったヒリついた現状と問題の本質を捉えているため、評価したいものがある。











