【カンヌ監督週間 in Tokio 2025】『イエス』メフィストに魂を売るイスラエルの芸術家

イエス(2025)
Yes

監督:ナダヴ・ラピド
出演:アリエル・ブロンズ、エフラット・ドール、ナーマ・プライス、アレクセイ・セレブリャコフetc

評価:95点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

カンヌ監督週間 in Tokio 2025にてナダヴ・ラピド監督『イエス』が上映された。本作は東京フィルメックスでも上映された作品だが、本業のシフトが合わず断念していた。カンヌ監督週間 in Tokio 2025での上映も日程調整が難しく、仕事終わりに奪取して間に合うかどうかのギリギリとなっていた。そのため、1週間前からボスやメンバーと調整を行い、余程の障害がない限り定時ダッシュできる体制を整えた。しかし当日、16時ごろに3件程イレギュラーが重なりメンバーがパニックになる事態とエンカウント。これは無理かと思ったが、気合でイレギュラーを沈め、なんとかヒューマントラストシネマ渋谷に間に合わせた。別にナダヴ・ラピド監督作は好きではないものの、日本語字幕で観たいかつ、日本劇場公開は難しいと思っていただけに全力を尽くした。され、そんな努力の末に『イエス』を観たのだが、確かに本作は独りよがり、パレスチナの人々が直視できない程に露悪的でグロテスクな映画であったのだが、イスラエル人としてのアイデンティティを捨てようとする『シノニムズ』で金熊賞を受賞した彼が、イスラエル人アーティストとしての加害性を直視し内省した本作のパワフルさに圧倒されたのであった。

『イエス』あらすじ

テルアビブで活動するピアニストの男性が、政府から依頼された仕事を前に苦しみ、妻との関係も悪化していく…。ガザを攻撃し続けるイスラエルに暮らすアーティストの苦悩を描き、躁的な乱痴気騒ぎを始め、過剰に偽悪的で自虐的な描写の果てに、絶望的な罪悪感が溢れ出す。国際的存在のナダヴ・ラピド監督の新作は、10.7以降にイスラエルの監督が内面の苦しみと政府批判を世界で発表した稀有な例となっている。

※カンヌ監督週間 in Tokio 2025より引用

メフィストに魂を売るイスラエルの芸術家

ギャスパー・ノエ『CLIMAX クライマックス』さながら、狂乱のパーティシーンで物語は幕を開ける。泥酔、ボロボロになりながらYは高揚の渦を彷徨う。セレブのアーティストの高慢さが国を、市民を破滅へ導く、ネタヤニフジュニアとしてといったことを象徴するようにジョージ・グロス「社会の柱」が状況をラベリングしていく。

ガザの凄惨なニュースがスマホで流れる。だが、テルアビブの街は渋谷のように自由と快楽、平和が揺蕩う。Yとパートナーは、そのギャップを意識しながら肉体関係を持つのだが、やがてYがメフィストに魂を売り、プロパガンダ音楽制作へ手を貸すことによって事情は変わって来る。Yの音楽制作の轍、葛藤の心象世界は《道》として描かれていく。天から石が降り注ぐ、景色が血に染まるといった恐怖を抱きながら、スマホ越しではなく、直接の眼差しでガザの惨劇を目視しながらもセックスへ投じる。『メガロポリス』さながら、市民の姿は見えている。葛藤はしているが、快楽へ横滑りし、独りよがりに自問自答する卑怯さを余すことなく、スクリーンをアクション・ペインティングのキャンバスとして右に左にカメラを振り回していくのだ。

長編デビュー作『Policeman』から一貫して、イスラエル社会におけるマチズモ、ミソジニーとイスラエル社会そのものの加害性を内省的に描いてきたナダヴ・ラピド監督の集大成として『イエス』は邪悪な輝きを魅せていたのである。

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