『Dracula』ラドゥ・ジューデにとっての商業映画は?

Dracula(2025)

監督:ラドゥ・ジューデ
出演:イリンカ・マノラーチェ、アリーナ・セルバン、サーバン・パブルーetc

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』『世界の終わりにはあまり期待しないで』『SLEEP#2』とTikTokやライブストリーミングの切り抜き、ビデオ会議などといった現代のメディアを映画に転用することで知られるラドゥ・ジューデ監督の新たな挑戦は生成AIである。最新作『Dracula』は前作『Kontinental’25』に引き続きiPhoneによる撮影となっているが、そこに生成AIによるアニメーションを合成した内容となっている。生成AIを使った映画は発展途上であり、明確なコンセプトがなければ炎上する傾向にある。実際に『ブルータリスト』においてハンガリー語のチューニングにAIが用いられた件が問題となったのは記憶に新しい。しかし、ラドゥ・ジューデの手にかかれば、強固な理論でもって最先端の世界を魅せてくれる。これにまたしても脱帽した。

『Dracula』あらすじ

In modern-day Transylvania, vampire hunts and labor strikes collide with sci-fi twists, romance, and AI-crafted tales, as multiple storylines blend folklore, classic horror, and contemporary elements into a fresh take on Dracula’s legend.
訳:現代のトランシルバニアでは、吸血鬼狩りや労働ストライキが、SF のひねりやロマンス、AI で作られた物語と衝突し、複数のストーリーラインで民間伝承、古典的なホラー、現代的な要素が融合され、ドラキュラの伝説に新たな解釈が加えられています。

IMDbより引用

ラドゥ・ジューデにとっての商業映画は?

ルーマニアといえば、ドラキュラのイメージが強い。しかし、ラドゥ・ジューデ監督によればそれは外から持ち込まれたものであった。チャウシェスク独裁政権下のルーマニアではドラキュラの神話は信じられておらず、映画やテレビでも扱われていなかった。チャウチェスク政権が崩壊してから、観光客がルーマニアに訪れて「ドラキュラを見に来た」と言われるようになってから国民はドラキュラを意識するようになったとのこと。そして、ドラキュラのモチーフはファシスト政権の選挙キャンペーンのアイコンに使われるようにもなった。人々のイメージが集積されて社会を動かしていくこの例を生成AIと繋げて語ろうとする試みが本作から読み取れる。この時点で、マシニマ映画の中で一歩抜きんでた強固なコンセプトを感じる。

まず、冒頭で生成AIに作らせた不気味なアニメーションを展開する。YouTubeで昨年頃から観られるようになった、生成AIを用いたパロディアニメのような猥雑さが映画として提示される。次に映画監督がiPad片手にドラキュラ映画の構想を架空のソフトウェア「Dr. AI Judex 0.0」によって書かせ、その内容を実写と生成AIのアニメによって再現していく。その繋ぎとしてなのか、序盤では観光客向け風俗店のチープなドラキュラパフォーマンスが挿入されていく。ラドゥ・ジューデ監督は、従来のオリエンタリズム的文化消費と生成AIによる文化消費を等価に描くことによりその本質をアイロニカルに笑い飛ばそうとしている。ここで、重要なことがふたつある。どちらもインタビューで監督が明言していることである。

ひとつ目は彼は決して生成AIアニメをバカにしているわけではないことである。彼は一貫してどのようなツールも映画制作に使えると信じて積極的に活用する立場を取っているのだ。実際に、本作の終盤ではゾンビ映画のように大量に出現したドラキュラを倒していく場面が存在する。ここでは実写でのアクションと並列に生成AIによる物理空間を無視した挙動のイメージが提示され有機的繋がりを意識させている。

ふたつ目に、彼は商業映画として本作を生み出した点にある。商業映画を作らないことで非難されたラドゥ・ジューデ監督はQ&Aで「あなたにとっての商業映画は?」と尋ねた際に「商業映画とは、アクションシーン、安っぽいユーモア、ヌード、セックス、吸血鬼、超自然現象のこと」と言われたので、本作では全力を尽くした。その結果、映画の終盤で空飛ぶペニスが襲い掛かる展開になったとのこと。これってある種、サメ映画のようなチープな作品が熱狂的に受容されている状態に近く、商業映画を突き詰めた形がまさしくコレなのである。

ちなみに、本作では生成AIにおける既存のモチーフの猥雑な複製を実写でもやってみせる場面があり、ニセモノのC-3POがイラストを召喚し、タバコをふかしながら徘徊するといったものであった。3時間近い混沌、日本で公開される確率は絶望的であるが、今後『フランケンシュタイン』も映画化するらしいので2本立てで来日してほしいものがある。