『ポルトガルの別れ』時制、回想、記念碑

ポルトガルの別れ(1986)
英題:A Portuguese Goodbye
原題:Um Adeus Português

監督:ジョアン・ボテリョ
出演:マリア・カブラル、イザベル・デ・カストロ、フェルナンド・ヘイトール、ルイ・フルタード、クリスティーナ・ハウザー、ジョアン・ペリーetc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

東京都写真美術館にて開催中の「総合開館30周年記念 ペドロ・コスタ インナーヴィジョンズ」ではペドロ・コスタ監督が選出した映画の上映も行われている。

1『トラス・オス・モンテス』監督:アントニオ・レイス、マルガリーダ・コルデイロ [1976年|ポルトガル|ポルトガル語|111分] 2『ポルトガルの別れ』監督:ジョアン・ボテリョ [1986年|ポルトガル|ポルトガル語|85分] 3『田舎司祭の日記』監督:ロベール・ブレッソン [1950年|フランス|フランス語|102 分] 4『星を持つ男』監督:ジャック・ターナー [1950年|アメリカ|英語|89分] 5『太陽』監督:アレクサンドル・ソクーロフ [2005年|ロシア・イタリア・フランス・スイス|日本語、英語|110 分] 6『H story』監督:諏訪敦彦 [2001年|日本|日本語|111 分] 7『真人間』監督:フリッツ・ラング [1938年|アメリカ|英語|94 分] 8『山羊座のもとに』監督:アルフレッド・ヒッチコック [1949年|イギリス・アメリカ|英語|117分] 9『パート2』監督:ジャン=リュック・ゴダール [1975年|フランス|フランス語|87分] 10『シチリア!』監督:ジャン=マリー・ストローブ、ダニエル・ユイレ [1999年|イタリア|イタリア語|66分] 11『映画作家ストローブ= ユイレ あなたの微笑みはどこに隠れたの?』監督:ペドロ・コスタ [2001年|ポルトガル・フランス|フランス語|104分]

展覧会を観るとこの選出は単にペドロ・コスタ監督の推し映画が並べられているのではなく、制作工程と密接に関わっていることがわかる。『田舎司祭の日記』『パート2』の並びから明確にメディアにおける時制の扱いを注視すべきといったメッセージがうかがえ、実際に展覧会では複数の布やモニターに映し出された映像、動画/写真が織りなす空間による歴史表現となっていた。

さて、このラインナップにとても珍しい映画があった。『ポルトガルの別れ』である。カイエ・デュ・シネマベストに選出されている作品であり、長らく探していたのだが、全くエンカウントできなかった一本である。今回、リストア版での上映だったらしく、美しい映像で観ることができた。

『ポルトガルの別れ』あらすじ

1980年代半ば、老夫婦は次男と、植民地戦争で亡くなった長男の未亡人を訪ねるため、リスボンへ旅立つ。街の時間はゆっくりと流れ、まるで住民全員が一種の無気力に陥っているかのようだ。この現代と時を隔てるように、植民地戦争下のアフリカの深い森の中を、兵士たちが臆病にさまよう。再会は辛い過去と向き合うことになるが、蓄積した澱を少しずつ解いてもゆく。幾つもの不在によって構成された本作は、新たな未来を待ち望むポルトガル社会をも体現している。ロケ地はほぼポルトガルだが、一部のシーンはアフリカでも撮影された。ペドロ・コスタ監督は、本作の制作助手を務めた。

※東京都写真美術館より引用

時制、回想、記念碑

カラーによるタイトル場面が終わるとすぐさま白黒のイメージが挿入される。目を映し、次に耳を捉える。視覚と聴覚を研ぎ澄まして臨めよと言わんばかりの強烈なショットが我々を映画の世界にいざなう。兵士たちは自然音の中で恐怖と戦っている。彼らの望郷は、その地の歴史ともいえよう民族楽器の音、つまり人工音となってイメージに重ねられる。そして、映画はカラーの世界に入る。どうやら私は勘違いしていたようだ。てっきりこの兵士の望郷、戦地へ行く前の様子だと思っていたのだが、亡くなった兵士の弟の12年後のようだ。彼は老夫婦と一緒に未亡人のいるリスボンへと向かう。この勘違いは意外にも映画に深みを与える。

兵士が望郷する際に引き出される過去、そして12年後の世界、彼がいなくなった際に引き出される過去。どちらも煌めいた世界の中で陰りが浮かび上がるのだ。兵士が生きた世界線を担う、生死重ね合わせの存在としての次男が未亡人と重ね合わさっていくことで、歴史の多層性が表現されているといえよう。そして、美しいリスボンの街には記念碑がある。記念碑もまた悲しい過去を背負っている。映画は白黒/カラーといったわかりやすいモチーフを入口としながらも、人間がどのような局面で過去を引き出すのかに対し深く掘り下げているのだ。

このように解釈していただけに、その後のペドロ・コスタのトークイベントで本作は『東京物語』のリメイクだ的なことを言っていた話を耳にしたとき、「えっ?」と動揺したのであった。