十戒(1958)
The Ten Commandments
監督:セシル・B・デミル
出演:チャールトン・ヘストン、ユル・ブリンナーetc
評価:90点
こと映画に話を限れば、セシル・B・デミルは地上最大の見世物作りの名手であった。スタッフには絶対の忠誠を要求し、現場においてはあたかも神に選ばれた者でもあるかのように振る舞った。そういう自らの役柄に見合うように、乗馬用ズボンにハイブーツという出で立ちで、拳銃も携帯した。
※「サイレント映画の黄金時代」(ケヴィン・ブラウンロウ)p218より引用
撮影に始まり、スター俳優の契約などの細部の決定までほとんどひとりで行い究極の大衆映画制作に命を注ぎ込んだことで知られているセシル・B・デミルは、現場でもモーセのようなリーダーとして振る舞っていたらしい。
『十戒』あらすじ
旧約聖書の「出エジプト記」を壮大なスケールで映画化したスペクタクル史劇。ハリウッド創成期の巨匠セシル・B・デミル監督が、1923年に手がけた「十誡」を自らリメイクした。エジプト王ファラオは救世主の誕生を恐れ、新しく生まれるヘブライ人の男児をすべて殺すよう命じる。難を逃れるためナイル川に流された赤ん坊は王女に拾われ、モーゼと名付けられる。モーゼはエジプト王子として立派に成長するが、王の実子によって出自を暴かれ、砂漠へ追放されてしまう。やがて神からの啓示を受けたモーゼは、奴隷となったヘブライ人の解放を求めてエジプト王と対立する。1957年・第29回アカデミー賞で特殊効果賞を受賞した。
セシル・B・デミル最期のスペクタクル
1923年に旧約聖書を映画化した『十誡』を自らの手でリメイクした『十戒』は、彼の遺作に相応しいほどの威厳を放った集大成となっている。『十誡』では、旧約聖書の物語が現代にまで続いていることを示唆するように2部構成となっている。その影響もあり、特撮の面白さが煌めくモーセの海割りは物語序盤の30分付近で提示される。逆再生とレイヤーの重ね合わせによるシンプルな特撮ではあるものの、今観ても色褪せない迫力がある。一方で、この場面のインパクトが強すぎて、その後のスペクタクルが尻つぼみに思える。
リメイク版では、この問題点が解決されており、ラスト30 分でモーセの海割り、そしてシナイ山の麓で信仰を忘れ醜態を晒すヘブライ人へ怒りをぶつける場面を持ってきている。テクニカラーで撮影され、当時としては最先端のエフェクトで実装された炎の柱はまるでアルブレヒト・アルトドルファーの世界が現実のものになったかのような迫力を与える。白黒サイレント時代には実現できなかった紅に染まる川は圧巻である。
また、30年の時を隔て進歩したカメラワークによりダイナミックな人間の運動を捉えている点も魅力的である。たとえば、建設現場で巨大な石を嵌め込む場面がある。油を敷く要員であるヨケベデの紐が石に挟まる。圧死の危機に瀕するが、現場監督は彼女を轢き殺してでも石を嵌め込もうと労働者たちに「そのまま突き進め」と命令を下す。奴隷の男が仲裁に入ると、現場監督は激高し、彼を死刑にしようとする。それを見かねた女は現場を飛び出し、追手を振り払うように労働者がひしめく空間を抜けてモーセに懇願する。顔を正面から捉えたショットと俯瞰のショットを織り交ぜ、命の危機をスリリングに描いている。
文盲であっても宗教の物語を開く役割として絵画やタンパン、ステンドグラスが使われてきたが、映画における模範的アプローチをセシル・B・デミルが開発し、その技術はウィリアム・ワイラー『ベン・ハー』やジョン・ヒューストン『天地創造』へと受け継がれたのである。