アンダーグラウンド 完全版(1995)
Underground
監督:エミール・クストリッツァ
出演:プレドラグ・”ミキ”・マノイロヴィッチ、ラザル・リストフスキー、ミリャナ・ヤコヴィッチetc
評価:80点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
映画と現実はどこまで切り分けて考えることができるのか。プーチン政権寄りの発言が物議を醸しているニキータ・ミハルコフ監督の過去作『黒い瞳』が日本で再上映される件やイスラエルのナダヴ・ラピド監督や俳優のガル・ガドットの作品に対しどのように接したらよいのかといった葛藤を抱えている映画ファンは少なくないだろう。
政治と映画を考えを整理する際の取っ掛かりとして、親露派であるエミール・クストリッツァがパルム・ドールを受賞した『アンダーグラウンド』を観ることは無駄なことではない。
『アンダーグラウンド 完全版』あらすじ
1995年・第48回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したエミール・クストリッツァの代表作。
1941年、ナチスドイツがユーゴスラビアに侵攻。ベオグラードに住む武器商人のマルコは祖父の屋敷の地下に避難民たちを匿い、そこで武器を作らせて生活する。やがて戦争は終結するがマルコは避難民たちにそのことを知らせず、人々の地下生活は50年もの間続いていく。
1996年日本初公開。2011年にデジタルリマスター版、2023年に4Kデジタルリマスター版でそれぞれリバイバル公開。2017年の特集企画「ウンザ!ウンザ!クストリッツァ!2017」では、上映時間5時間14分の完全版が上映されている。
政治と映画
『アンダーグラウンド』は、セルビア・ベオグラードを舞台に、第二次世界大戦中からユーゴ内戦までの歴史を狂乱の虚構として落とし込んだ作品だ。本作が公開された当時、セルビア擁護の歪んだ歴史観から激しい論争を巻き起こした問題作でもある。
ナチスによる平面的迫害に対し、地下/地上の関係からなる垂直のベクトルを用いることによって混沌とする東欧史を立体的に見つめている。
共産党員であるマルコは武器商人として、ナチスの迫害から逃れた者を匿いながら武器を製造して私腹を肥やしユーゴスラビアのチトー大統領側近まで上り詰める。第二次世界大戦が終わっても、マルコは共通的であるナチスの存在を信じ込ませるために、地下に押し込めた避難民へ偽のラジオ放送を流し続ける。
本作ではバルカン半島の伝統的な音楽チョチェクが用いられ、戦禍を酩酊状態で駆け抜けていくような空気感が流れていく。ここで重要なことは、混沌とする社会の中では「今」を生きるためにその時の最適解を選び続けようとするところにある。マルコは戦禍の中、生き延びる手段として武器を作り続けることを選び、それによって地価の人々を騙し続ける。地下の人々は、ナチスの迫害から逃れるためにマルコを信じて武器を作り続ける。一方は富豪、他方は抑圧された存在と地上/地下の構図で双方を分離させているが、行動の本質は同様であり、社会情勢に麻痺してしまった動きがチョチェクの旋律によって惹き出されるのだ。これは『SHOAH ショア』における、収容所にユダヤ人を運ぶ列車の運転手が酒気帯び運転していた話にも通じる。
エミール・クストリッツァは本作にて、政治におけるナラティブ戦を描いているわけだが、そんな彼はユーゴスラビアの歴史を駆け抜ける中でロシアのナラティブに歩み寄ったのである。良い悪いは横に置き、どのような思考プロセスで現在の政治的立ち位置になっているのかを知る一本として『アンダーグラウンド』が重要な作品なのは間違いない。
※映画.comより画像引用