【第38回東京国際映画祭】『私たちは森の果実』はっ??

私たちは森の果実(2025)
We Are the Fruits of the Forest

監督:リティ・パン

評価:0点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第38回東京国際映画祭にて審査員特別賞を受賞した『私たちは森の果実』だが、ここ最近作品の質が低下気味なリティ・パン最低を更新するというか、いまどきこんな映画が作られてたまるかと怒りに燃えるようなトンデモ映画であった。

『私たちは森の果実』あらすじ

カンボジア北東部の人里離れた山岳地帯で、先祖代々の伝統を守った暮らしを続けている先住民ブノン族の人々を、数年間にわたって撮影したドキュメンタリー。クメール語の「ブノン」は「山」、あるいは「丘」を意味するという。その名の通り、山の自然と共生する彼らの生活は、国際巨大企業による土地開発と気候変動による深刻な影響を受け、消滅の危機に瀕している。リティ・パンは、様々な時代のアーカイブ・フッテージを駆使し、独自の文化を持つブノン族の生活がいかに変貌していったかを示しつつ、彼らの現在の生活を見せる。それはひとつの民族の生活の記録であると同時に、現代社会の中で人間が自然にどのように向き合うべきか、という問いを投げかける。

※第38回東京国際映画祭サイトより引用

はっ??

リティ・パンは人形や空間での再演といった、映画とは異なるメディアを映画を通じて統合することによりクメール・ルージュの複雑な側面を捉えようとする作家である。故に、本作はそもそも第38回東京国際映画祭のコンペティションにいること自体が場違いであり、山形国際ドキュメンタリー映画祭や恵比寿映像祭に出品すべきだったとは思う。それは一旦横に置いて映画を観る。今回も安易な過去と現在を結び付けるスプリットスクリーン演出を多用し、資本主義による土地開発と気候変動により大変なこととなっているブノン族へ眼差しを向けているのだが、安易な結論ありきで進められた大学の卒論のような薄っぺらさを執拗な繰り返しで引き伸ばしており、映画として全くもってよくない。そして、Q&Aで知り合いが、女性のバストアップのショットが多用されている演出意図を尋ねたのだが、「好きなショットだから」とゴリゴリにオリエンタリズム、植民地主義に染まった発言をしていたとのことで、クメール・ルージュについて丁寧に追っていたリティ・パンですら文化人類学的好奇の眼差しをコントロールできず無意識な加害に陥ってしまったんだなと落胆した。