ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-(2025)
監督:辻本貴則
出演:木村昴、石谷春貴、天﨑滉平、浅沼晋太郎、駒田航、神尾晋一郎etc
評価:95点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
2025年2月21日(金)より公開となっている『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』。本作は専用のアプリを使って、上映中に投票を行う。そして多数決の結果によって映画の展開が変わっていく日本初のインタラクティブ型上映作品となっている。2010年代以降、映画館での体験に付加価値を与えようと3D/4D、応援上映などといった興行形態が模索されてきた。最近ではフランシス・フォード・コッポラ『メガロポリス』が上映中にスクリーンのアダム・ドライバーと劇場スタッフが対話する演劇的手法を取り入れたり、上映ごとに自動生成して異なる映画を観客に提示する『Eno』などといった作品の登場で映画における一回性を見直す動きが出て生きた。
オンラインの世界ではNetflix『ブラック・ミラー: バンダースナッチ』やガイ・マディン&ジョンソン兄弟『SEANCES』といった観客の手によって映画の展開を操作できる作品も登場した。だが、劇場でインタラクティブな体験を実装する例はなかなか出てこなかった(今は亡きココロヲ・動かす・映画館〇でインタラクティブ上映やろうとしていたことはあったのだが)。
一応、インタラクティブ型上映の歴史は古い。1961年にギミック映画の帝王ウィリアム・キャッスルが『ミスター・サルド二クス』で観客投票型上映を開催した。劇場入口で投票用紙が配布される。映画の終盤で結末を決める投票が行われ、それに応じて展開が変わるといったものだ。当時、コロンビア社と『ミスター・サルド二クス』の結末を巡って揉めており、観客投票でどっちが観客のニーズに即したものかを決めようとする中でこの手法が獲られたのである。しかし、ウィリアム・キャッスル研究の中では、一般的にこれは彼のハッタリであり、結末はひとつしか用意されていなかったと言われている。
ウィリアム・キャッスルのギミック映画を研究していた私にとって、今回の『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』は夢のような上映であった。しかも、奇遇なことにアニメシリーズ1期はリアルタイムで観ていたのである。そのため、推しもおり、麻天狼優勝を目指してTOHOシネマズ日本橋へ足を運んだ。理由はお客さんが少ない(=自分の望む展開が観やすい)からである。
麻天狼はシンジュク・ディビジョンの代表チームであり、神宮寺寂雷(医者)、伊弉冉一二三(ホスト)、観音坂独歩(サラリーマン)から構成されている。ユニークなのは、ほとんどのキャラクターがマイクで闘っているのに対し、彼だけガラケーで闘っているところにある。社畜サラリーマンに顔がげっそりしているのだが、一度リリックを刻めばプロレタリア文学、労働者の悲痛な叫びを言葉に編み込んでいく面白さとなっている。それを渋めのボイス、冷静沈着な寂雷の旋律とチャラいけれど繊細な一二三の言葉が絡んでいくところに面白さがある。
さて実際に観てみたのだが、想像以上に面白かった。確かに本作は映画とは言えない代物であるのは間違いない。ストーリーは希薄であり、実際、ラスボス中王区が勝利しようが敗北しようが、この世界の政治に何も影響をもたらさないからである。政治的な大会ではあるのだが、大衆が映し出されていないので、影響度が全く表現されていない点は物語を求める者にとっては厳しいだろう。ただ、私はこのハッタリの熱量に心を奪われたのであった。
当レビューは以下の上映パターンのものとする。
【1st Stage Winner】
▶Bad Ass Temple
▶どついたれ本舗
▶Fling Posse
【2nd Stage Winner】
▶どついたれ本舗
【3rd Stage Winner】
▶どついたれ本舗
2017年9月に始動し、音声ドラマをはじめコミック、ゲームアプリ、舞台、アニメなどさまざまなメディアミックスで人気を集める音楽原作キャラクターラッププロジェクト「ヒプノシスマイク」をアニメ映画化。「イケブクロ・ディビジョン」「ヨコハマ・ディビジョン」「シブヤ・ディビジョン」「シンジュク・ディビジョン」「オオサカ・ディビジョン」「ナゴヤ・ディビジョン」の6チームに所属する総勢18人のキャラクターが、熱いラップバトルを繰り広げる。
劇場用映画としては日本初となる観客参加型の「インタラクティブ映画」で、スクリーン上で描かれるディビジョン・ラップバトルの勝敗が映画館内の観客の投票によって決まる。投票はスマホアプリを通じてリアルタイムで行われ、投票数の多かった選択肢に従ってストーリーが進行するため、上映回ごとに物語の展開や結末が変わる。
監督は、特撮テレビドラマ「ウルトラマン」シリーズやCGアニメ映画「バイオハザード ヴェンデッタ」の辻本貴則。「シドニアの騎士」シリーズなどのポリゴン・ピクチュアズがアニメーション制作を担当。
ついにインタラクティブ型映画体験と対峙
本作は決勝戦ということもあり、最初に各ディビジョンのメンバーや歌のクセを紹介し、いきなりディビジョン・バトルが始まる。1期しか観ていないので、ナゴヤ・ディビジョンBad Ass Templeやオオサカ・ディビジョンどついたれ本舗のことはあまり知らない状態だったのだが、結論をいえば、歌のレベルは高かった。
まず、Buster Bros!!!とBad Ass Templeが闘う。マブダチ同士の頂上決戦なので、闘いはリスペクト中心に行われる。Bad Ass Templeは不良僧侶・波羅夷空却を軸に、「ジョジョの奇妙な冒険」タッチのV系ミュージシャン四十物十四と弁護士・天国獄が支える。世界観のミスマッチが気になりつつも、イケブクロ3兄弟Buster Bros!!!を制圧する一体感が生まれてくる。リスペクトしながら自分のフィールドへと引き込む力があった。投票の結果、Bad Ass Templeが勝利し、2nd Stageではオリジナル楽曲を披露する。これが初見でも思わず体が乗ってくるようなリズムがあり、僧侶特有の言葉遊び、知性を感じるリリックがお寺の空間を覆い尽くし、「断食」でビートを刻む。本作はリリックビデオ史の集大成ともいえる、様々な演出テクニックが飛び交う中、彼らのMVの高度な文字さばきに圧倒された。
2回戦目はMAD TRIGGER CREWとどついたれ本舗との闘いだ。MAD TRIGGER CREWはヤクザ(碧棺左馬刻)、警察(入間銃兎)、軍人(毒島メイソン理鶯)からなるグループ。彼らが勝利すると軍事独裁国家が生まれそうな危うさを秘めている。アニメ1期では、ラップバトル中に『コマンドー』よろしく毒島メイソン理鶯の激しい爆撃をぶちかましており、ギャグパートとなっていた。ただ、彼らのラップは全体的に統率が取れていないように思え、元コンビ芸人どついたれ本舗のコントリリックを前に成すすべはなかったように思える。ところで、どついたれ本舗のこともよく知らなくて、「ワンピース」に登場するボルサリーノらしき存在が気になった。てっきりマネージャーなのかと思って帰宅後調べたら、がっつり中王区サイドの人間でありゴリゴリのヴィランで爆笑した。こんな闇深いチームが勝利して大丈夫なのかとは思った。個人的には、上がり症の教師・躑躅森盧笙の設定があまり活かされていないような気がした。どもり芸をやるなら「スキャットマン」みたいなことをすると期待していただけに残念だ。
3回戦は、私の苦しい闘いだった。というのも、麻天狼はもちろんFling Posseも好きだからだ。キャラクター性だと先述の通り麻天狼が好きなのだが、楽曲面でいえばFling Posseの方が巧いと思っている。ポップで甘美なカタカナ語を織り交ぜる飴村乱数に対し、漢字をはじめとする日本語の風情を背負わせる夢野幻太郎、そこにギャンブラーとしての本能的ビートをベットし続ける有栖川帝統が織りなすトリックスターな旋律は聴くものを虜にするものがある。ここでの闘いは、寂雷と乱数の因縁がぶつけられる。寂雷は乱数をアンナ・カレーニナと重ねながら関係性の修復を試みる内容となっていた。勝利したFling Posseのオリジナル楽曲はゲームセンターを舞台に展開されているのだが、シブヤというよりかはルイス・バラガン邸であったりダン・フレイヴィン的空間であったのがツボであった。
最終決戦では、中王区となる。女性トリオから構成されているのだが、世界観がブルーアーカイブである点に困惑するも、リリックはどのディビジョンよりも複雑であり、ラスボスとしての風格があった。特に碧棺合歓が繰り出す言葉遊びの面白さ、たとえばウーパールーパーとスーパーウーマンをかけるテクニックはピーナッツくんに通じる鋭利さを持っており、ここは中王区に投票した。だが、最終的にどついたれ本舗が優勝した。ちなみに、専用アプリでは上映後にその劇場の勝率が表示される。公開2日目朝の段階での勝率は中王区が7割以上を占めていて爆笑した。むしろ、ラスボスが勝つパターンを観たかった。
ということで2025年最も期待する作品であったのだが、想像以上に楽しい映画体験であり大満足だったのだ。
※映画.comより画像引用