『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』戦争はまだ終わっていない

死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ(2025)
The Disappearance of Josef Mengele

監督:キリル・セレブレンニコフ
出演:アウグスト・ディール、マクシミリアン・メイヤー・ブレッジナイダー、フリーデリーケ・ベヒトetc

評価:70点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

鬼才キリル・セレブレンニコフの新作”The Disappearance of Josef Mengele”が邦題『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』として2026/2/27(金)より公開される。ここ最近のキリル・セレブレンニコフはいわゆる悪寄りの人物を異なる視点で斬り込んだ伝記映画をよく制作している。これに関しては、Cineuropaのインタビューにて意図したものであると語っており、善悪の区別が曖昧となりプロパガンダの罠に陥ってしまうことへの警鐘となっている。

最新作『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』は、オリヴィエ・ゲーズ「ヨーゼフ・メンゲレの逃亡」を原作とした内容であり、アウシュヴィッツで収容所での虐殺に加担した後、南米に亡命した意思ヨーゼフ・メンゲレの人生に迫った内容となっている。本作は、「ヨーゼフ・メンゲレの逃亡」だけでなくジョナサン・リテル「慈しみの女神たち」も参照しており、加害者の目線からホロコーストを捉えたものとなっている。そんな『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』を試写で観させていただいたのでレビューをしていく。

『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』あらすじ

第二次世界大戦中、アウシュヴィッツ収容所で戦慄の実験を行った医師ヨーゼフ・メンゲレ。<死の天使>と呼ばれた彼は終戦後、南米で潜伏生活を送る。ナチス時代の仲間たちが次々と捕まる中、彼は戦犯を追求するモサドの網を狡猾にくぐり抜け、歪んだ思想を持ったまま、日常の世界に溶け込んでいく。

テアトルシネマグループより引用

戦争はまだ終わっていない

『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』は、キリル・セレブレンニコフのフィルモグラフィーの中でも落ち着いた作風となっている。彼の作品は異なる質感のイメージをアクションペインティングのように激しく並べたり、シームレスに遷移させることで精神や社会の混乱を表象する傾向がある。しかし、本作では第二次世界大戦後をモノクロ、第二次世界大戦中をカラーで描くシンプルなアプローチとなっている。それにより、「戦争はまだ終わっていない」といった言葉が強固なものとなり、南米でいつ捕まるかわからない不安を抱えながらも「俺は間違っていない」とホロコーストを輝かしい青春のように捉えるグロテスクさが際立っていくのだ。ここで注目なのは、アウシュヴィッツ第二強制収容所のプラットフォームに無数のカバンが積み上げられたカラー映像である。アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館へ行くと、当時の写真が多数展示されているのだが、そのうちの一枚をカラーとして再現したような場面となっている。その写真もまたプラットフォームにカバンが積み上げられており、将校がさも日常化のようにルーティンをこなしている様を捉えたもので、圧倒される怖さがある。それをノスタルジックな淡い色彩とフィルムの質感によって輝かしい想い出のように挿入されるのである。この場面に戦慄した。

『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』を観ると、ナダヴ・ラピド『イエス』やアルベール・セラ『パシフィクション』に近い印象を受ける。現代社会が映画のようにナラティブが最適化され、物語に押し込められているような空気が流れている。そんな中、アート映画は本来人間が有する時間、間延びした時間にフォーカスをあて、人間の本質、人間心理を捉えようとする動きがきている。『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』では、いつ捕まるかわからない中、過去を引き摺り、日常が続いている様を主軸としており、興味深いものがあった。

日本公開は2026/2/27(金)シネマート新宿、シネスイッチ銀座ほか全国公開。