『グランメゾン・パリ』プレイヤーとして強い有害なマネージャーの成長譚について

グランメゾン・パリ(2024)

監督:塚原あゆ子
出演:木村拓哉、鈴木京香、オク・テギョン、正門良規、玉森裕太etc

評価:90点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

先日、フレデリック・ワイズマン『至福のレストラン 三つ星トロワグロ』を観て、三つ星レストランであっても雑なオペレーションがあったり、人間味溢れる対立があったりするんだなと思った。その上で『グランメゾン・パリ』の予告編を観たら、キムタクなら三つ星取れるんじゃないかと感じ無性に鑑賞へのモチベーションが上がった。映画納めの一本として観たのだが、これが2024年に観た日本映画の中で最も面白い作品であった。今年の日本映画は話題となるインディーズ映画こそ多かったもののテクニックに溺れて詰めが甘かったり、悪い意味で記号的に扱われている要素があってノレなかった。一方で大衆娯楽映画やアニメのレベルは非常に高く、老若男女向けだからと観客を軽視することなく真摯に映画表現と向き合った作品が多かった。そして『グランメゾン・パリ』は、マチズモの象徴ともいえる木村拓哉を中心に、芸術やエンタメ業界の構造的な支配関係の問題を解体していく物語として光るものがあった。と同時に塚原あゆ子監督の『ラストマイル』を観逃したことが悔やまれる年末となった。早速映画について書いていく。

『グランメゾン・パリ』あらすじ

木村拓哉主演による2019年放送のテレビドラマ「グランメゾン東京」の続編となる映画版。

レストラン「グランメゾン東京」が日本で三つ星を獲得してから時が過ぎた。尾花夏樹と早見倫子はフランス料理の本場パリに新店舗「グランメゾン・パリ」を立ち上げ、アジア人初となるミシュラン三つ星獲得を目指して奮闘していたが、異国の地のシェフにとっては満足のいく食材を手に入れることすら難しく、結果を出せない日々が続いていた。そんなある日、ガラディナーでの失態が原因で、尾花はかつての師と「次のミシュランで三つ星を獲れなければ、店を辞めフランスから出ていく」という約束をしてしまう。

尾花役の木村、早見役の鈴木京香をはじめテレビドラマのキャストが再結集するほか、韓国のアイドルグループ「2PM」のオク・テギョン、アイドルグループ「Aぇ! group」の正門良規が新キャストとして参加。テレビドラマ「アンナチュラル」の塚原あゆ子が監督、「キングダム」シリーズの黒岩勉が脚本を手がけ、実際にアジア人初となるフランスの三つ星を獲得した「Restaurant KEI」の小林圭シェフが料理監修を担当。

映画.comより引用

プレイヤーとして強い有害なマネージャーの成長譚について

『至福のレストラン 三つ星トロワグロ』同様、食材集めから映画は始まる。レストランにとって良質な素材を確保することは最重要課題である。地域と密着し、仕入れルートを確保しなければならないのだが、アジア人だからとフランスマーケットはまともに取り合ってくれず、低品質な肉を寄越す。木村拓哉演じる尾花はイライラしながらマーケットを東奔西走し、キッチンへと帰還する。「和牛に変えるぞ!」と宣言するのだ。チームは彼のことを恐れている。助言をしようものなら罵声を浴びせられるのだ。プレイヤーとしての実績はある。しかしマネージャーとしての才能はゼロだ。暴力で支配し、チームを委縮させてしまっているのである。結局、海原雄山軍団のような人たちを満足させることができず淵に立たされる。木村拓哉のヒールな男らしさを存分に活かし、有害なマネージャー兼プレイヤー像を描き出していくのである。本作が面白いところは、そんな彼が自分の至らないところを直視し、アジア人では誰一人達成したことのないミシュラン三つ星獲得という背水の陣のプレッシャーを抱え込みながら成長していく過程を生々しく描いているところにある。

人はそんなに簡単には変われないのだが、韓国人シェフ・ユアンがフレンチマフィアに狙われるエピソードや倫子の暗躍、尾花をそれでも信じ続けるスタッフの姿を受けて次第にマネージャーとしての役割を掴んでいく。それは仲間を信じることである。確かに尾花が手を下すこともできるが、それを手放すことで創造性が生まれて来る。かれがやるべきことは、スタッフが相談してきた際に的確にアドバイスすることなのだ。たとえば、ユアンがデザートの味付けに困っている時に「味噌と日本酒」を提示する。その関係性が重要となってくることに気づいていく。プライドの高いプレイヤーは自分が努力して達成してきた高みに誇りを持っているため、人を褒めるのがヘタクソだったりする。実際に尾花はスタッフを褒めようとすると、恥ずかしくなって強い言葉、嫌味に聞こえるような言い方をする。「ナイフ、ピッカピカじゃん」といった感じの褒め方しかできない。しかし、「褒める」「託す」を習得し、少しずつ成長していく彼の姿には熱くこみ上げてくるものがある。

本作はドラマ映画でありながら映画としてのリッチさを際立たせる手法がいくつか存在する。ひとつ目は冨永愛演じるフードライターの実況だ。食の体験やライターとして言葉が降りてくる感覚を映像で表現することは最難関といっても過言ではない。しかし、本作の場合、彼女による実況を中心に厨房、物流、料理の画を織り交ぜていくことで、感情が揺さぶられる様を的確に表現している。妹から聞いたのだが、ドラマ版も同様の手法が使われているらしい。この演出は本作最大の発明であるといえる。

また、序盤に「グランメゾン・パリ」の内装を捉えるショットがあるのだが、アルチンボルドの肖像画が飾られているのがわかる。確かに高級レストランには有名画家の作品が飾られていてもおかしくないのだが、そこでアルチンボルドは趣味が悪くないかと思う。しかし、これは伏線として機能しており、終盤で提供される素材の味をメランジェさせたサラダを提供する場面と共鳴するのである。このさりげない演出に痺れたのであった。